ある日の午後、エステバンは庭でカブトムシを見つけます。
それを見ながら、彼は何も考えずに自分のはいていた靴を手に持ち、腕をふりおろそうとします。
カブトムシは、これから自分の身に起こるであろう危険には何も気がつかず、歩いていきます。
その時、エステバンはふと考えるのです。
「このカブトムシは、どこへいくんだろう?」
何か用があって、そこに向かっている?もし、ぼくが靴をふりおろしたとしたら、カブトムシがやろうとしていたことが、ここで終わっちゃう・・・?
ただの小さな塊にしか見えなかったカブトムシ、そして何も考えずに行動を起こそうとしていたぼく。
ところが、その小さな塊について考えはじめたところで、それまで見えていた風景がぐるっとまわりだしたのです。
エステバンは想像します。カブトムシは何をしようとしているんだろう。
エステバンはカブトムシと視点を合わせて、じっと観察します。
カブトムシの顔は、エステバンの顔にむかってどんどん近づいてきます。
小さな小さな虫なのに、不思議と瞬く間に大きな存在となってぼくに迫ってくるのです。
そして、とうとうその命の奥に秘めているものにぼくは圧倒されて・・・。
自分だけの世界で生きていた子ども時代。
だけど、いつか自分以外の命に触れる瞬間というのが訪れます。
それは、こんな風に何でもない日常のふとした時間、何でもない風景の中にあるのかもしれません。
小さくても大きな命を感じる体験。
エステバンにとっては、かけがえのない大切な時間となったことでしょう。
最初と最後の表情の違いに全てが表れているようです。
シンプルな言葉の中に深く心に残るものを置いていってくれるこの絵本、独特な色彩とダイナミックな線で描かれた絵も、主人公の男の子の心象風景まで見せてくれているようで目が離せなくなります。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
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