北海道に、遅い春が訪れました。
海辺の丘ではハマナスが、紫がかった桃色の花を咲かせます。
そんな小さな丘のふもとに、キタキツネの巣穴がひとつ。
巣穴のそばでは子どもたちが、両親の帰りを待っています。
そのなかに、とてもちいさな体の一匹がいました。
これは、きびしい自然を生きるちいさなキタキツネの、ある一日を描いた作品です。
この物語は、いわゆる動物を主人公にした童話とは、少し趣が異なります。
作中におけるキツネの描写について、巻末にこんな著者の言葉が。
「人間の気持ちをキツネに重ねている部分もありますが、自然の生態にそったものです」
その言葉通り、主人公のちいさなキタキツネは、きびしい自然の理にさらされることになります。
じゃれあいの中で戦いを学び、そのために死に至ることもあるというキタキツネ。
弱肉強食の淘汰圧のなかで、兄弟間においても命を賭した競争があり、弱さは飢えとなって体を蝕みます。
そんな野生における生命のはかなさ、あやうさが、特徴的な版画の陰影が演出する緊張感と相まって、ヒリヒリと皮膚をなでるよう。
英語では「日本のバラ」とも呼ばれ、「北海道の花」にも制定されている、ハマナス。
そんなハマナスの桃色と、晴れ渡る空の青、丘に萌える緑。
そして、冷たくキリリと澄んだ北海道の空気が、今にも香り立つような鋭い陰影。
版画によって描かれた大自然。
その独特の味わいを、この一冊で。
(堀井拓馬 小説家)
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