夢枕獏さんが書く中国の怪物、それも中国神話では「四凶」と呼ばれているすごそうなモノ。いったいどんなおどろおどろしいおはなしになるのかしらと思ったら、獏さんのやわらかな語りかけと、松本大洋さんの繊細な筆致で描かれた「こんとん」の愛らしいこと!
真っ白なふわふわの毛に覆われた、ずんぐりして丸い体に小さな6本の足。
目も耳も鼻も口もないからちゃんとはわからないけれども、
ただ空を見て笑って、そこにいる。
まるで、この世に存在すること、ただそれだけを喜んでいるみたい。
なあんにもできないし、なあんにもしない。
ただいるだけの「こんとん」の周りには、なぜか子どもが集まっている。
子どもだけじゃない、帝と呼ばれる偉いヒトまでやってくる。
でもその帝が、「こんとん」に目と耳と鼻と口を描いてしまい、大変なことに……。
その瞬間、自分がやったわけでもないのに、胸がギュウっと締め付けられて、強烈な罪悪感に襲われます。子どものころ、なにも考えずに軽い気持ちで引き起こしたことが、取り返しのつかない結果を目の当たりにした時のように。
そして……
次から次へと色んな思いが押し寄せてきて、気持ちはモヤモヤ。
しかし、最後の獏さんの言葉が、モヤモヤを救い取ってくれます。
読んだ後に、大きな大きな、優しさに包まれるおはなしです。
物語の元になっているのは、中国の思想家「荘子」の寓話です。読み手によっては、哲学的な教訓を感じることもできますし、漢文の解釈のひとつとして楽しむこともできます。
でも、そんなことをなんにも知らなくても、ただ絵本を読むだけでだいじょうぶ。
胸に湧いた思いに、無理に名前をつけなくてもだいじょうぶ。
ただ読んで、感じる。
それだけを純粋に楽しめる、だからこそ何度もめくりたくなる、珠玉の絵本です。
縦縞の、ざらりとした質感の紙で作られた幅広の帯。
ツルリとしたカバーの下に隠された、少し毛羽立ちのある質感の表紙。
そして「こんとん」のふわふわの毛を再現したような、透け感のある別丁扉など、
祖父江慎さんがと藤井瑶さんが手がけた美しい装丁も、ぜひ見て触って感じてみてください。
(中村美奈子 絵本ナビライター)
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