“昔から人は、山に入るとよくあやしいものに出会ったという”
京の都から丹後へと向かう山街道。
夜もふけたその道を、直四郎と小四郎の兄弟は歩いていました。
「あ、兄上、あれを!」
小四郎が見つけたのは、夜の空よりもなお黒々とそびえる山影に、ポツンとひとつ、ともった明かり。
ふたりが火のあった場所についてみると、なにやら、あわてて立ち去った形跡が……。
あやしみながらも、ふたりはそこで休んでいくことにしました。
「ああ、明るい! あたたかい! 兄上、ほっとしますね」
「うん、火はよいものだな」
もしも、そのあとに襲い来る恐怖をふたりが知っていたなら、「火はよいもの」だなんて、とても口にはできなかったでしょう。
そう、闇の中から忍び寄る、世にも恐ろしい“あやかし”の姿を知っていたなら——
作者は、「ねぎぼうずのあさたろう」シリーズ(福音館書店)や『おならうた』(谷川俊太郎・原詩、絵本館)などでおなじみ、人気絵本作家の飯野和好さん。
飯野さんが今回描いたのは、日本に伝わる原初的な恐怖譚——「山の怪異」です。
兄弟に忍び寄る「あやかし」のビジュアルをどうお伝えしたらいいものか……
怖さもさることながら、圧倒され、見とれてしまうような凄みがあります。
ここではせめてその雰囲気だけでも伝えるために、作中で「あやかし」が発する不気味な「音」を紹介しましょう。
「パサリッ、パサリッ」
「ぬいーっ! ギッギッピィーッ」
「んむんむわむわむー」
食いしんぼうで奔放な雰囲気の小四郎と、いかにも面倒見の良い兄といった直四郎。
彼ら兄弟の仲の良い掛け合いがほほえましい一方で、だからこそ、おぞましく混沌とした「あやかし」の登場には、いっそうぎょっとさせられるものがあります。
みどころは、物語の序盤と終盤で描かれる火の印象の差!
行く道の先に仰ぎ見た火と、来た道をふりかえって見た火が、まったく違って見えることにきっとゾクリとさせられるはず……。
どうぞ、とりかえしのつかない場所へと迷い込んでいくような不安を、お楽しみください。
(堀井拓馬 小説家)
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