「おまけのじかん』は、好きなことができる、ゆっくりな時間。
「ぼく」のおじいちゃんは、「おまけのじかん」を生きているから、ゆっくり遊んでくれる。
いっしょに山に行ったり、海に行ったり、街をお散歩したり。
忙しいママやパパと違って、一緒にゆっくりしてくれる、友だちです。
おじいちゃんの「おまけのじかん」は、おばあちゃんからもらったもの。
病気で亡くなる前に、おばあちゃんは言ったのです。
「おじいちゃんは、おまけのじかんをたのしんで」
主人公「ぼく」の目を通して描かれるおじいちゃんの「おまけのじかん」は、夢の中を見るような明るくカラフルなタッチと、登場人物たちのにっこり温和な笑顔が印象的。
最愛の人に先立たれたおじいちゃんのさみしさとは、一見して相容れないようにも思えるイラストですが、むしろそのコントラストが、おじいちゃんのさみしさをより痛ましく、それでいて温かに描き出しています。
「ぼくはおまけが大好きだけど、おじいちゃんのおまけって、なんだろう?」
おばあちゃんが亡くなってから、少しぼんやりになったおじいちゃんを見て、「ぼく」は考えます。
「ぼくの大好きなおまけは、『もうおしまい』のあとでもらえる、ごほうびみたいなおまけです」
だからきっと、おじいちゃんも楽しんでいるはず!
いつかおばあちゃんと同じ場所に旅立つまで続く、好きなことをするための、この、ゆっくりな時間を──。
ひとり残される夫に送った「おまけのじかんをたのしんで」という言葉。
最期のさよならのときにおばあちゃんが口にした、声にならない「ありがとう」。
そして、そんなふたりを見て「おまけの時間」をうらやましく思う「ぼく」。
やさしくて、あたたかくて、それでもちょっぴり悲しくて──。
いつかきっと訪れる別れが、そしてその後に続く日々が、どれもこんな風だったらなら。
これは、人生を愛おしく思える魔法がかかった、そんな物語です。
(堀井拓馬 小説家)
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