明治元年、6歳になり、名を改めたひとりの少年がいました。
病弱な体ながら、野山をかけまわり草花や生き物を愛する彼は、目に映る自然の様々なことに疑問を持っていました。なぜ春になると花が咲くのか。なぜ夏には葉の緑が濃くなるのか。なぜ秋には実をつけ、冬には歯を落とすのか。
少年はそうして抱いた疑問について徹底的に調べようとする性格で、一度など、希少な時計の仕組みを見ようとして、それをバラバラに分解してしまったほど!
彼は裕福な祖母に支えられて学問の道を進み、身近な自然への愛を深めながら、やがて、壮大な夢を抱くことになります。それは、この地球に生きるあらゆる植物を網羅する、大植物目録の完成!
しかし、その道は途方もない苦難の旅路だったのです。
少年の名は、牧野富太郎。日本植物学の父にして、植物の神様と呼ばれた男──
40万にも及ぶ膨大な数の標本を作成し、1500種類の植物に名前を付けた植物学者、牧野富太郎の生涯!
みどころは、富太郎が抱く植物への、ほとばしる愛! 愛! 愛!
何歳になっても少年のように目を輝かせて植物を追いかけ、体力の続く限り野山をめぐり、全身全霊で植物研究にのめり込む富太郎の様子は、「夢中」という言葉でもまるで足りません。
用事があるからと遠方へおもむけば、ついでだからと言って列車を使わず、何週間も歩いて帰って植物採集。
ある山では、日帰りで登頂するはずが植物採集にのめり込むあまり、遭難寸前に! 翌日に救助隊が助けに来てくれたあとにも下山せず、けっきょく三泊もして山の草花を採ったというのだからおどろき! しかも下山後には、疲れ果てているはずなのに休みもせず、採取した草花の整理に取りかかります。
富や名誉にも興味はなく、ただひたすらに植物への愛を貫き通すその執念は、ともすれば恐ろしくも思えるほどです。
しかし、そんな富太郎の前にも、数々の逆境が立ちはだかります。
標本を保管しておくために大きな家に住み、研究にもお金を惜しまず、そのために裕福だった実家は傾き、貧乏に。富太郎は長年、つらい貧困と戦い続けることになります。また、大学という組織の中では、だれもが富太郎の研究を応援してくれるわけではありませんでした。そのうえ、激しい戦争や、最愛の子どもの死までもが、富太郎にのしかかることに──。
夢と現実とのはざまで葛藤しながら、何度も襲いかかる逆境にあらがい、それでも自分の「好き」を貫き通す。そんな富太郎の生き方が強く胸を打つ一冊です。
(堀井拓馬 小説家)
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