この春に生まれたばかりの子羊、チリン。危険な目にあったらわかるように、首には、風にチリンチリンと鳴る金色のすずがついています。「あんまり遠くへ行ってはだめよ。おおかみに食べられますよ」とお母さんが言うけれど、幼いチリンは「ほんとかなあ」とピンときません。でもある夜、おおかみのウォーが牧場を襲撃。お母さんはチリンをかばって死んでしまいます……。
チリンのつぶらな瞳からは想像できない、ドラマチックで哀しいおはなし。お母さんの仇であるウォーに弟子入りしたチリンが、おはなしの後半では、まるでウォーの相棒か分身のような“けだもの”の姿になっていく様子が描かれます。
「アンパンマン」の作者やなせたかしさんの、1978年刊行作品の復刊。孤独な復讐劇を遂げ、うなだれるチリンの姿に胸をしめつけられます。戦争体験が常に制作の根底にあり、子どもたちへ優しさを届けたいと願っていたやなせさんがどんな思いでこの絵本を描いたのかを想像すると、なんとも言えない気持ちになります。
伸びやかな線、ダイナミックな構図、劇的なストーリーと、子どもをひきつける要素が詰まった名作絵本。アンパンマン絵本に通じる日本的な中間色も味わい深いです。大人になっていく中で、純粋さや正しさだけではないものが自分の中に育っていくこと。子どもだけでなく大人の読者にも胸に迫るものがあるのです。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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