ヘラジカ。
シカ科最大の動物で、体重は800キロ、地面から肩までの高さだけでも2メートルに達する大きさ!
しかも、その巨体の上にさらに重さ20キロにもなる角をのっけているという、まごうことなき巨大生物です。
その巨大な体躯と、いかにも凶器めいた鋭い角、そして強靭な後ろ足によるキックが武器!
捕食者であるクマや、オオカミも返り討ちにするというのにも納得です。
物語は、群れを守るオスのヘラジカと、そこに近づく別のオスとの戦いで、幕を明けます。
巨大な体と角とを激しくぶつけあい、戦う二頭のヘラジカ。
血走り、鋭く光をはなつ、眼の迫力。
大きな体を力強く躍動させる、かたく緊張した筋肉の質感。
手に汗にぎる闘争の結末は、思いもよらぬ形でおとずれます。
渾身の力を込めて角と角とを叩きつけたそのとき。
そう、角と角とがからまって、はずれなくなってしまったのです。
どちらかが逃げ出しさえすれば、相手を死に追いやることまではしないオス同士の戦いですが、こうなってしまってはもう、それもかないません。
2匹は、戦いつづけなくてはならなくなってしまったのです。
やがて、疲弊した2匹をオオカミたちが取り囲んで──
著者は『ピンポン・バス』や『せんろはつづく』、「黒ねこサンゴロウ」シリーズの挿絵で知られ、恐竜や鳥をはじめとする動物や、乗り物など、多岐にわたるテーマで絵本を描きつづける鈴木まもるさん。
著者が本作を作ることになったきっかけは、ある夜、夢に出てきた一枚の写真だったそうです。
それが、本書の裏表紙に記載されています。
写真家の星野道夫さんによる、角のからまったヘラジカの頭蓋骨の写真。
静かながら、たしかな死の気配と、今にも爆発しそうなほど力強い、生のエネルギーとが同居する、不思議な魅力のある一枚です。
戦いの中で角がからまり、身動きがとれなくなって死んだ。
一枚の写真から生まれたこの物語自体は、童話に描かれる戒めのようにも思え、とらえ方によっては、コミカルにさえ感じられそうです。
しかし、実際に本書を手にとってみると、とてもそうは読み解くことができないのです。
決死の覚悟で命をぶつけ合った戦いの結末。
戦いの当事者である二頭のヘラジカも、その戦いによって生きる糧を得た多くの動物たちも、皆が夏を生き、冬を越す命がけの旅の途中にあります。
そのリアルをひしひしと伝える、鈴木まもるさんのイラストの迫力が、このヘラジカの物語を人間的でわかりやすい寓話ではなく、壮大な広がりを持つ生命のドラマの一幕として描き出しています。
「ヘラジカは生きるために戦い、ツノをからませて死んだ。でもそれは、自然のなかでたくさんの命が生きることにつながった」
アラスカの自然と、そこに生きる動物たちの生命力に胸を打たれる、おすすめの一冊です。
(堀井拓馬 小説家)
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