●今のはな子を伝えたいと思い、絵本作りがスタートしました。
───『せかいでいちばん手がかかるゾウ』を読んで、絵本の中でも珍しいノンフィクションに近い作品だと思いました。編集を担当された小山さん、この絵本を作ることになったきっかけを教えてください。

教育評論社の小山さん。
───北村直子さんは、グラフィックデザイナー、イラストレーターとして活躍されている中で、井の頭自然文化園のスタッフとして、ポスターや展示のデザイン等、全てにも関わられていますよね。
小山:そうなんですが、北村さんに決めたのは、井の頭自然文化園のスタッフをされていると知る前だったんです。北村さんの絵本を見て、この方に絵をお願いしたいと思い、プロフィールを見ました。そうしたら、「井の頭自然文化園で働いている」と書いてあって、「え〜〜〜〜?!」って(笑)。もう、北村さんしかいない!って確信しました。
───最初は全くの偶然だったのですね。北村さんは、はな子の絵本のはなしが来たときに、どう思いましたか?
北村:正直、戸惑いました…。身近で毎日のように見ている動物だったので、普段の様子も飼育員の方から聞きますし、多くのファンがいるのも知っていたので、どういうおはなしにしたらいいのか…すごく悩みました。ただ、最初に小山さんからタイトルを伺って、その切り口なら描けるかもしれない…と思い、引き受けました。
───『せかいでいちばん手がかかるゾウ』というタイトルは、小山さんが決められたんですか?
小山:そうですね。はな子の案内板にそのように書かれていたこともあったそうです。私もはな子のことを伝えるにはピッタリだと思いました。それと、絵本の内容もはな子の過去を中心に描くのではなく、今のはな子のことを多くの人に知ってもらいたいと考えていたので、このタイトルでいきたいと思いました。

作者の北村直子さん、普段は井の頭自然文化園のチラシなどを作るデザイナーとしても活躍されています。
───最初にタイトルが決まっていて、そこからおはなしを考えるのは大変でしたか?
北村:おはなしに関しては、小山さんがおっしゃったように、今のはな子のことを書いたことと、私1人だけではなく、井の頭自然文化園の皆さんに読んでいただき、アイディアを頂きながら書いたので、全くゼロから作り上げるという感じではありませんでした。ただ、はな子をどういう絵で描くか決めるまでが難しくて、なかなか絵を描き始めることができませんでした。
───はな子の肌の色やしわなどとても味のある優しいタッチで描かれている絵だと思いましたが、このタッチに至るまで苦労されたんですね。
北村:今までも、動物園のポスターやチラシなどではな子をデザインすることはありました。ただ、はな子はその日のコンディションで肌が白く見えたり、しわが目立っている…など日によって見た目が変わることが多いので、長く残る絵本ではある程度のデフォルメして描く必要があると思いました。
───絵を描くときはどんな画材を使って描いているのですか?
北村:今回の絵本は、パソコンを使って描いているんですよ。文字の配置や全体の装丁もやらせていただいたので、普段デザイナーとして仕事をしている慣れた道具の方が扱いやすいなって思って…。
───そうなんですね! てっきり手描きの絵だと思っていました。デザインも含めて北村さんが手がけられているんですね。
北村:そうなんです。絵本なので、手描きの温かさも出せたらと、タッチを工夫して絵を描きました。
───デザイナーとして活躍されている北村さんだからこそ出せる味わいなんですね。
普段からはな子の絵を描くことは多いですか?

───絵本の中では、2歳から10代、30代、そして現在のはな子まで描かれていますよね。はな子の年齢を出すのは大変ではありませんでしたか?
北村:はな子は1頭で暮らしているので、ほかのゾウと比較する必要がない分、一度、デザインが決まってしまえば、それほど難しくはありませんでした。それよりも、戦後から現代までのはな子を描くことで、飼育員の制服をどうするかがすごく悩んだところです。実際は制服も時代ごとに変化しているのですが、絵の中で制服がバラバラ変わっていると、その人が何をする人か分からなくなってしまう危険があったので、全体的な色味を合わせた服装にしました。そういう時代設定をベースに絵を描くのが少し難しかった部分です。
───特に読者に見てほしいページはありますか?
北村:私がこだわったのはエサのページです。
───細かく切られたエサが山になっている最初のページの絵ですね。
北村:これだけ手間がかかっているということは絵本を読んでいくと知っていただけると思うんですが、はな子の運動場にエサが盛ってある様子が色とりどりでとてもきれいなんですよ。なので、絵本もこの山盛りの場面から始めたいと思って、そこをこだわりました。
───実際にエサを作っている場面を見たことはありますか?
北村:はい。飼育員のバナナの皮むきはすごい速さですよ。やらせてもらったことがありますが、全然遅くてダメでした(笑)。
小山:私は取材のために飼育員の1日体験をさせてもらいました。
───それは、貴重な体験ですね! どんなお仕事をしたんですか?
はな子のおにぎりを作っている様子。
小山:朝8時半からスタートして、運動場に置くエサを運んだり、はな子が運動場に出たあとに室内の掃除を行ったりしました。はな子のエサは、ニンジンなどは機械を使ってあっという間に細かくなりました。黒糖をお湯で溶かしたり、大きなおにぎりを握ったり…皆さん動きがスムーズでテキパキと動かれているのがとても印象的でした。
───体験してみて、一番驚いたことはなんですか?
小山:飼育員さんが、はな子のエサについてはなしをされていたのですが、「今日は花粉症に効くお茶を試そう」などとおっしゃっていました。本当にいろいろな食べ物を試しているんだなぁと思いました。
───絵本では、はな子が便秘になり、ウンチを出すために飼育員の方や獣医さんが手を尽くす場面や、歯が1本になってしまったはな子のためにエサを工夫する場面などが描かれていますが、「ゾウは横になると死んでしまうことがある」や「ゾウの歯は4本しかない」ということなど、初めて知ることも多かったです!

───ゾウは寝るときも横になって寝ないのですか?
大橋:長時間横になると、自分の体の重さで下になった側が大きな圧力を受け、あまり良くありません。また、腹ばいになると、呼吸に影響を及ぼすそうです。そのため野生のゾウはほとんど横にならないと言われているのですが、動物園のゾウの中には横になって寝るゾウもいます。ただ、年を取ると起きるときに大変なので、横にならずに眠るようになります。

井の頭自然文化園の広報を担当されている大橋直哉さん(右)。
───そうなんですか。体が大きいことで苦労することも多いんですね。絵本を読むと自然にゾウのことに詳しくなるのも嬉しいですよね。絵本ができあがったときの飼育員の皆さんの反応はいかがでしたか?
大橋:最後のページに飼育員のメッセージが載っているのですが、そこに全てがつまっていますね。我々としては、はな子の現在の姿を伝えられる絵本ができたことがとても嬉しいです。それと、我々も関わって、実際の飼育員の姿を描いてもらえたのが良かったと思います。
───北村さんは、完成した絵本を見て、いかがでしたか?
北村:最初は、はな子の物語を作り上げることができるか、不安な部分もありましたが、はな子に対して読者の方に知っていただきたいところを、動物園の皆さんと一緒に作り上げることができたので、とても満足しています。
───『せかいでいちばん手がかかるゾウ』は絵本好きの方以外にも、はな子について知りたい、沢山の人が手に取ってくれるんだろうな…と思いました。はな子ファンの中にも、知らなかったエピソードがあるかもしれませんよね。
小山:そうですね。動物園ではな子を見てから、近くの本屋さんで絵本を求めてくださる方や、絵本を読んで、はな子に会いに来る方も増えていると聞いて、とても嬉しく思っています。
大橋:はな子は2015年1月1日に68歳を迎えました。井の頭自然文化園では、別の日になりますが、毎年誕生日をお祝いしていますので、是非、多くの方がはな子に会いに来てもらえると嬉しいです。

はな子と一緒に記念の3ショット。
───私もまた、はな子に会いに来たいと思います。
今日は本当にありがとうございました!
●おまけ
【編集後記】

