みなさんは、早口言葉を何個くらい知っていますか? 「なまむぎ なまごめ なまたまご」「隣の客はよく柿食う客だ」……。3匹のかわいいコブタたちを主人公に、早口言葉と一緒におはなしが進んでいく絵本『はやくちこぶた』。2007年に発売されたこの絵本は、言葉遊びが好きな多くの子どもたちに愛され、2017年に出版10周年を迎えます。今回は10年の節目を前に1万部を達成した作品の制作秘話を伺うべく、作者の早川純子さんにインタビューを行いました。会場は東京都中央区にある「絵本セラピスト協会」のセミナールーム。絵本セラピストさん20名を前に、瑞雲舎代表の井上みほ子さんとの対談がスタートです。
●絵本のベストセラーと呼ばれる「1万部」の大台を突破。
───まず、お二人の出会いをお聞かせください。
井上:当時は瑞雲舎の代表を夫の井上富雄がしていて、彼が編集を担当しました。彼に早川さんが絵を担当された『しんじなくてもいいけれど』(ビリケン出版)を見せてもらい、凄い絵描きさんだなと思いました。
早川:『しんじなくてもいいけれど』は、私がはじめて絵を担当した絵本です。
井上:主人は、その前に早川さんが挿絵を担当された小説『トリツカレ男』(新潮社)のときから、繊細な版画のタッチに「とてもいい絵だな」と注目していて、でも、『しんじなくてもいいけれど』は版画とはまた違ったダイナミックさがあり、発想のユーモアさも面白くて、ぜひご一緒に仕事をと思ったそうです。私もそう思いました。
───早口言葉で絵本を作ってほしいということは、早川さんに会う前から決めていたのですか?
井上:そうですね。弊社の絵本に『ことばのこばこ』(作絵:和田誠)があるのですが、それがとても好評なので、同じシリーズとなる「ことば遊び」の絵本を出版したいと思っていました。そこで、早川さんにお会いしてお願いしました。
早川:たしか、2004年の春だったと思います。「早口言葉だけでおはなしが進む絵本を作ってくれないか」と依頼をいただいたんです。そのとき、一緒に渡されたのが、早口言葉がたくさん載っている資料。手渡されたときに、「すごく楽しそう」と思うと同時に、「どうやって、おはなしにすればいいのかな……」と悩み、すぐに取りかかることができませんでした。ただ、「はやくちことば」と「はやくちこぶた」は語感が似ているというのは最初から気になっていて、「早口言葉に載せて、こぶたの一日を紹介するのはどうだろう……」と思ったりしていました。
井上:ちょうど同じ時期に、人形劇のワークショップに参加されたのですよね?
早川:はい。チェコを拠点に活躍されている人形劇師の沢則行さんのワークショップがあって、そこに参加している方々と親しくなったんです。そこで出会った方たちに誘われて、チェコの人形劇を見に行ったんです。それが『はやくちこぶた』を作るターニングポイントとなりました。2005年のことでした。
───チェコの人形劇が『はやくちこぶた』のターニングポイントとなったというのは、どういうことですか?
早川:そのとき演じられていたのは「さんびきのこぶた」だったのですが、チェコ語で演じられているので、当然、言葉は分かりません。でも、なじみ深い作品なので、十分楽しめました。そこから、子どもにも大人にもなじみ深い作品をベースにすれば、早口言葉の絵本も楽しく読んでもらえるのではないかと思いました。
井上:早川さんからラフを頂いたのは、それからしばらく経ってから。2006年の秋ごろだったと思います。私も、絵(ラフ)を見せてもらって、ビックリ! 想像していた以上に楽しく、分かりやすく、思わず声に出して早口言葉を言いたくなる。そんな『はやくちこぶた』の世界がページいっぱいに繰り広げられていたのです。
───『さんびきのこぶた』のおはなしをベースに早口言葉の絵本を考えている中で、一番大変だったことは何ですか?
早川:絵本は15場面で1つのおはなしを作るのですが、早口言葉はひとつひとつが完結しているもの。なので、ストーリーに合わせてどの早口言葉を出していくかが、一番悩んだところでした。
井上:ストーリーは『さんびきのこぶた』をベースにしていますが、ページをよーく見ると、細部まで本当にこだわって描いていらっしゃるんです。例えば、「すもも も もも も もものうち」のところでは、おばあさんが芋を洗っています。まるで昔話の「桃太郎」の世界みたいですよね(笑)。一体、どうして芋を洗っているのかな……と思うと、別の場面の「ばす がす ばくはつ」でおならを爆発させかったから。この伏線は見事としか言いようがないです。そのほかにも、オオカミが瓜売りに変装していたときのかごをずっと背中に背負っているのですが、それはなぜか……というのが、おはなしのクライマックスで分かるようになっています。
───絵本の中に出てくる早口言葉はどれもなじみ深いものばかりですが、『さんびきのこぶた』のおはなしにすることで、こんなにも生き生きと楽しくなるなんて意外でした。お坊さんやおばあさん、カエルたちなど『さんびきのこぶた』には出てこないキャラクターもとても個性的で面白いですよね。
井上:そうなんです。「ばす がす ばくはつ」の迫力あるおならのシーンや、「かえる ぴょこぴょこ みぴょこぴょこ あわせて ぴょこぴょこ む ぴょこぴょこ」のカエルたちのアクロバティックなジャンプなど、出てくる動物たちがどのページでも生き生きと描かれているのがいいですよね。あと、この物語を中心で支えている主人公のこぶたたちと、悪役なのにどこか憎めないオオカミも、私は大好きです。
早川:オオカミは今回、ただの悪役よりも、ストーリーを動かす狂言回しのような役割で登場させられないかと思いました。絵本を読んでくれるこどもたちは、コブタもそうですが、オオカミがどんな行動をしているのか、ページのどこにいるのか探してくれるといいなと思っています。