●イベントはどんな様子だったのかしら?
イベント当日、ヨシタケシンスケさんと金柿代表の話を聞きに、幅広い年齢の方々が集まりました。
開演前、『あるかしら書店』が発売後、すぐに重版が決まったというアナウンスが流れると、参加者の皆さんからも大きなどよめきが。期待が高まる中、ヨシタケさんと金柿代表が登壇しました。
金柿:今日はよろしくお願いいたします。今日のイベントでは『あるかしら書店』を読みながら、ヨシタケさんにお話を伺いたいと思います。
ヨシタケ:よろしくお願いします。
金柿:『あるかしら書店』の中には、本にまつわるいろいろなエピソードが出てきますが、まず、どうしてこの本を作ることになったのかを伺えますでしょうか。
ヨシタケ:もともと、この中に登場するはなしは、描き下ろしではなく、ポプラ社さんが月刊で発行されているPR誌「asta(アスタ)」で連載していたものなんです。
金柿:最初から本のことについて書くことは決めていたのですか?
ヨシタケ:そうですね。「asta」自体が、書店さんの店頭で配布されているものだったので、担当編集者の方から「何か、本をテーマにした連載にしませんか?」とご依頼いただいたんです。ただ、当初の予定では、本にまつわる職業に取材をして、そのレポートをまとめる形だったのですが、話を伺って、「ちょっと大変そうだぞ……」と思ってしまって(笑)。だって、毎月の連載でしたから、取材に行って、お話を聞いて、それを形にして、確認をする……なかなか時間がかかりそうだぞ……と。
『あるかしら書店』著者のヨシタケシンスケさん。
金柿:たしかに、慣れていないと時間がかかりそうですね。
ヨシタケ:でも、ぼくはずっと本が大好きだったから、本をテーマに何かを表現することにはとても興味があった。それで考えたのが「頭の中書店」という、頭の中にある本にまつわる妄想を発表することでした。
金柿:ヨシタケさんの頭の中にある妄想の書店だから、取材をする必要もない。
ヨシタケ:それに、「こんなことあるわけないじゃないか!」と怒られることもない(笑)。そこから「asta」での連載がスタートしました。
金柿:今回、1冊にまとめたものはタイトルが変わっていますよね。
ヨシタケ:連載を続けていくと、「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)や、「図書館の学校」という、図書館で配布する冊子などにちょこちょこと本にまつわる妄想を描かせていただいていました。おかげさまでネタも集まったので1冊にまとめることになったのですが、ネタのひとつひとつは、「本」というつながり以外、まとまりのないものでした。それをどうやって読みたくなるようにまとめるか……。あれこれ考えた末に思いついたのが、「あるかしら書店」という架空の本屋さんと、そこを訪れるお客さん。そして、お客さんに本を紹介する店主さんのやり取りという流れでした。
金柿:このまとめ方が、とても面白くて、「ちょっとめずらしい本」「本にまつわる道具」「本にまつわる名所」などなど。何が書いてあるのか、もくじを見るだけでワクワクしてきます。早速、いくつか気になったページについて、話を伺いたいと思います。まずは、こちら。
「作家の木」の育て方
ヨシタケ:これはまさに、「asta」での連載第1回目の作品ですね。連載って、多くの方がそうだと思うのですが、最初のころはまだ試行錯誤の段階で、ドキドキしたままスタートするんです。だから、今読んでも「けっこう、ふわふわしているな」と思う半面、思い入れも強いんですよね。
金柿:なるほど。次に気になったのはこちらです。
世界のしかけ絵本
金柿:この中でも「ほめだす絵本」が好きなんですよ。これは子どもたちも楽しめるページですよね。
ヨシタケ:ありがとうございます。この本を作るときに、悩んだことのひとつが対象年齢。連載のときは、大人の方を対象とした媒体だったので、特に小さいお子さんを意識して描くことはしていませんでした。ただ、このような一冊にまとまったときに、大人向けのままにするか、例えばすべてにルビを付けて、子どもの方にも楽しんでもらえるようにするか、担当編集者さんと相談しました。結果として、特に対象を狭めずに、大人の方も子どもの方も楽しんでくださいというスタンスに落ち着いたのですが、小さいお子さんの中には、読んでも意味がよく分からないというページもあるかもしれません……。そんなときは、「なんでこのページで大人は笑っているんだろう?」とずっと気にしててください。そのうち「あー! こういうことね」と気づくときがきますから(笑)。
金柿:たしかにそうですね。
ヨシタケ:最近、絵本を描かせていただいて感じるのは、全部が分かってしまうよりも、分からないことがある方が、大事なんじゃないかということ。よく分からないけれど、ここで大人は笑っているというところがあると、子どもは気になりますよね。その「自分も早く分かるようになりたい」は「大人になりたい」っていう、きっかけだと思うんです。そういう分かりにくさの大切さに気づいて、「よく分からない」と思ってもらえると、ちょっと嬉しかったりするんですね。
絵本ナビ代表・金柿秀幸。
金柿:『あるかしら書店』は、子どもにとっての「分からない」がバランスよく出てくる本かもしれませんね。少し、ヨシタケさんの発想の方法について伺いたいのですが、『あるかしら書店』に出てくるたくさんの妄想は、どのように思いつくのですか?
ヨシタケ:毎回毎回、締切前に「本って何だろう?」という、根本に立ち返って考えます。例えば、「本は四角い」「本には文字や写真が載っている」「本はページをめくって読む」などなど。次に、その根本を限定させるような「本」があるとしたら、どんなものだろう……と考えるんです。
金柿:「月光本」はまさに、「本はどこでも読める」という根本から、「月明りでしか読めない」という限定を加えた発想ですね。
月光本
ヨシタケ:はい。この「月明かりでしか読めない」っていうのが、素敵じゃない?って思ったんですね(笑)。それと、この「月光本」のポイントは、「およそ70年前に偶然発明された」という部分なんです。70年前って、ちょうど太平洋戦争末期に当たるんですよ。
金柿:それは、そういう設定ということですよね?
ヨシタケ:そうです。でも、実際、太平洋戦争末期に飛行機の航空灯の代わりとして、夜光虫が使えないかという研究をしていたという資料が残っているんです。そういう軍事的な研究の中から、偶然生まれた「月光インク」を、戦後、平和に役立てたいと思った研究者が作ったのがこの「月光本」だったというストーリーがあるんです。
金柿:すごく説得力があるので、妄想なのか事実なのか分からなくなりそうです……(笑)。ヨシタケさんは、この2ページでは語られていない設定まで考えているんですね。
ヨシタケ:「本」についてたくさん考えている中で、どの発想を生かすかという基準に、この「月光本」のように、2ページに収まらないくらいの設定が考えられるかを自分の中で課しているんです。そうすると、読者の方も、この2ページからいろいろ妄想してくれるんじゃないかと思って。
金柿:ぼくは「月光本」という響きが素敵だなと思ったのですが、お話を聞けば聞くほど、深みのある本なんだなと思いました。