妖怪たちがうごめく夜の世界に、ふとしたことから少年・少女がまぎれこむ。そんなちょっぴりこわい一夜を描いた「ようかいろく(妖会録)」シリーズ、『夜の神社の森のなか』と『雪ふる夜の奇妙な話』。作者の大野隆介さんは、じつは絵本・児童書のデザイナーとして活躍中。作家としては、「ようかいろく(妖会録)」シリーズがデビュー作です!
元になったスケッチなどを見せていただきながらお話を伺いました。幻想的な妖怪が次々に登場する闇のファンタジー。妖怪好きは必見です。
神社の敷地で遊ぶ子どもたち。一人の少年が、境内の脇で不思議な物を見つけ鞄にしまった。その日の夜、河原で花火をするために少年が再び神社の前を通りかかった時、落とし物を返してくれと妖怪が現れた! 逢魔が時の境内は、妖怪たちが闊歩する時間。少年は、見たこともない不思議な世界を体験する…。 夜の神社で、少年は様々な妖怪に遭遇します。全ページ、鉛筆を駆使したモノクロの世界で表現されており、一見おどろおどろしくみえますが、どことなく滑稽で、また不思議な美しさを漂わせています。 作者は、グラフィックデザイナーの大野隆介氏。絵本を中心に、これまで数々の書籍の装丁やデザインを手がけてきました。本書は、「作家」としての初めての作品です。
- 雪ふる夜の奇妙な話 妖会録
- 作:大野 隆介
- 出版社:ロクリン社
「わたしといっしょに来てください」真夜中、枕元に現れた不思議な男。 しんしん雪が降りつづける中、男に誘われるままハナコは山へと入って行った。 冬の山で遭遇する奇天烈な妖怪たち。 夢か現か幻か、ハナコを覆う奇妙な出来事。 全ページ、鉛筆を駆使したモノクロの世界で表現されており、一見おどろおどろしくみえますが、どことなく滑稽で、また不思議な美しさを漂わせています。
●「ようかいろく(妖会録)」シリーズの「くろい絵本」と「しろい絵本」
くろい絵本『夜の神社の森のなか』
主人公:ケンジ
場所:神社の境内
季節:夏
登場する妖怪:いんか(陰火)、うわん、えんえんら(煙々羅)、おおてんぐ(大天狗)、おとろし、おんもらき(陰魔羅鬼)、がごぜ、からすてんぐ(烏天狗)、ぐひん(狗賓)、じゅもっこ(樹木子)、ちょうちんおばけ(提灯お化け)、つちぐも(土蜘蛛)、ぬっぺっぽふ、ぬれおんな(濡女)、のづち(野槌)、のぶすま(野衾)、ももんじい(百々爺)、ひとだま(人魂)、みぞこしてんぐ(溝越天狗)、やまおとこ(山漢)、やまびこ(山彦)、やまわらわ(山童)
神社の境内で遊んでいたケンジたちが夕暮れ時に天狗のうちわを拾います。夜、花火をするために河原にむかっていたケンジは、神社の角で妖怪たちに呼び止められます。
しろい絵本『雪ふる夜の奇妙な話』
主人公:ハナコ
場所:雪がつもる山の中
季節:冬
登場する妖怪:あまめはぎ、いっぽんだたら(一本ダタラ)、いつまで(以津真天)、イワポソインカラ、おしろいばばあ(白粉婆)、オハチスエ、かまいたち(鎌鼬)、こだま(木霊)、コロポックル、たたりもっけ、たてくりかえし、タンタンコロリン、なまはげ、はぢっかき、びしゃがつく、ホヤウカムイ、みこしにゅうどう(見越し入道)、みのわらじ(蓑草鞋)、ゆきおんな(雪女)、ようこ(妖狐)
ハナコは夜に眠っているところを小さな男に起こされ「いっしょに来てください」「大切な人が困っている」と言われます。山に入ると妖怪たちと次々にすれちがいます。
●描きたかった妖怪を描きました。
───くろい絵本『夜の神社の森のなか』ではケンジが、しろい絵本『雪ふる夜の奇妙な話』ではハナコが、それぞれ妖怪の世界に入りこみます。ケンジは夜の神社の境内で、ハナコは寝ているところを小さな男に起こされて…。どちらも自分に起こりそうな、身近な場面からはじまっていてドキドキします。
大野隆介さんはこのお話をどんなふうに生み出したのでしょうか。
まず描きたい絵が浮かんで、そのいくつかの場面をつなげて一つのストーリーにするところから考えていきました。絵が先だったので、お話を考えて絵本の展開を作っていくのはとても難しかったです。
───思い浮かんだ絵は、妖怪の絵ですか?
そうです。
───妖怪たちの絵はリアルで迫力がありますよね。ドキドキして見入ってしまう場面がたくさんあります。『夜の神社の森のなか』の、ケンジが最初に妖怪に呼びかけられるシーンも、ページを開いたときドキッとしてしばらく目が離せなかったです。
『夜の神社の森のなか』のストーリーは、神社の境内でボールを蹴ったり枝を折ったり、あまり良くない遊びをしているケンジたちが夕暮れ時に天狗のうちわを拾ったことからはじまります。「おれがもらっとくよ」とかばんに入れたケンジが、その夜、友達と河原で花火をしようと急いで神社の角を曲がったとき、「あっ!」と立ちすくむ…。ケンジの目の前、道のまんなかに妖怪たちがいるシーンですね。
───「あなた、もしや大天狗さまのうちわを、お持ちではないですか?」と提灯お化け(ちょうちんおばけ)がしゃべったとき、一緒に読んでいる6歳の娘もドキッとした顔で絵本を見つめていました。提灯お化けの左右にいるのは何という妖怪ですか?
左が「狗賓(ぐひん)」といって、狼の姿に、犬の口をもつ天狗の一種です。右は「溝越天狗(みぞこしてんぐ)」で修行中の天狗。大天狗の使いです。この絵は、ストーリーができる前から描きたかった場面です。
───狗賓の毛並みや溝越天狗の羽毛が、まるで生きている狼や鳥みたいでドキドキします。「こんな妖怪もいるんだ!」とびっくりしました。
大野さんは、もともと、子どもの頃から妖怪が好きだったのですか?
そうですね、好きでした。妖怪に限らず、首が3つあるモンスターとか怪獣とか、そういうこわいものが好きで。TV番組の『ウルトラマン』を見ていても、ウルトラマンより怪獣のほうが好きな子どもでした。いつも悪役のほうが気になるんです。
子どもの頃から絵を描くのが好きでよく描いていましたが、怪獣ばかり描いていましたね。「かっこいいなあ」と感じるのは悪役のキャラクターでした。
●江戸時代の文献から“発掘”して描いたものもいます。
───こわいけれどかっこいい!と感じるのですね。妖怪は、古い言い伝えがあったり、暗闇で何かがそういうふうに見えたり…人間の畏れや想像力が生み出したものですよね。
そうだと思います。僕は妖怪についてできるかぎり調べて、その特徴をとらえた絵を細部まで想像して描いています。中には、江戸時代の文献から“発掘”して描いた妖怪もいます。
たとえば「溝越天狗」そのものの絵姿を描いた文献は見つからなかったのですが、くちばしがあり翼がある…など文字で書かれた特徴を頭の中で再現し、細部をふくらませて絵にしました。
───江戸時代の文献を調べたなんて、すごいですね!
最初に妖怪が誕生したときの、姿や形が気になるんです。絵草子(*)などに姿が描かれて、絵で残っている妖怪もいますが、誰もその姿を描いていない、特徴の記述だけが残っている妖怪もいます。実際には江戸時代よりももっと古い時代からいて、絵になったのがだいぶ後の時代だったという妖怪もいます。
同じ妖怪でも地方によって名前や姿が違ったりするので、あちこちから資料をかき集め、独自に調べたことを一旦整理して、絵に描いてみて…の繰り返しでした。
(*絵草紙…江戸時代に作られた、女性や子ども向けの絵入りの読み物)
───どんなふうに妖怪の特徴を描き分けていったのですか?
たとえば「天狗」のように有名な妖怪は、だいたいみんなが想像している姿だと思います。「やまびこ」は文献に絵があったのでそれを模写しました。
しろい絵本『雪ふる夜の奇妙な話』に出てくる「かまいたち」は、いわゆるイタチですが、古い絵だとカマキリみたいに前足が鎌の形になっているんですよ。でも「それだと前足では歩けないじゃないか」と思ってしまって。それならばしっぽかなと思って、しっぽの方を鎌の形に変えました。
同じく『雪ふる夜の奇妙な話』に登場する「たてくりかえし」は名前と特徴だけが残っている妖怪です。杵をつくようなスットンスットンという音をたてて歩き、音だけが聞こえると言われていて、実際は人の目に見えない存在です。この妖怪は特徴から姿を創作しました。
「みのわらじ」は、ほぼこのままの姿が、文献に絵で描かれていました。顔もこんな感じでした。
───『雪ふる夜の奇妙な話』でハナコとコロポックルが歩いていくと、山奥から、地響きを立てて「一本ダタラ」の群れがあらわれます。この場面は迫力がありました!
この場面は僕も好きです。「一本ダタラ」は、ああでもないこうでもないとスケッチを描いて、最後にこの絵に行きつきました。水木しげるの漫画に出てくる「一本ダタラ」には、イノシシっぽさがあまりないのです。文献を読んでいると、目はどうも大きいらしいですね。スケッチを重ねるうちに目がどんどん大きくなっていって、この姿になりました。