●「今」も続く、「ほんとうの話」
───中井さんとエイミーさん、ミッシェルさんの写真に写っているかわいいぬいぐるみ、これはクンクーシュですか?
中井: そうなんです。実は、アシュリーさんたちが、彼女たちが新しい活動をしていることを知りました。クンクーシュは、家族と再会して幸せに過ごした後、残念なことに病気で亡くなってしまったのですが、クンクーシュ亡きあと、3人は、難民の方たちの生きがいを作りたいと、このぬいぐるみのプロジェクトをはじめていたんです。
───ぬいぐるみを作るプロジェクトというと……?
中井: 難民として、母国以外の地に来た方たちは、決まった仕事につくことが難しく、収入を得るのがとても大変です。そんな方たちに、仕事の機会を作りたい、と3人は考えて、真っ白でふわふわなクンクーシュのイメージに合う布地を探し、デザインを考え、現地でぬいぐるみを製造販売できるしくみを考えたのです。今はインターネットで販売をしているのと、日本でも販売できるところを探しているそうです。
───クンクーシュの存在は、希望のシンボルになっているんですね。
実物をみせていただきました。ふわふわでかわいい!
三輪: エイミーさんはぬいぐるみを真空パックにして連れてきていて。日本にぬいぐるみを持ってきてくださったとき、パックの中で7つくらいぺしゃんこになっていました。外に出したらふわーんと戻って。かわいいだけに、ちょっとかわいそうと思ってしまいました(笑)。
───ぺしゃんこで空を飛んできたんですね(笑)。それぞれに、タグがついていますが、何かメッセージが書かれているのですか?
中井: このタグには、このぬいぐるみを作った人のことが書かれています。
たとえば「ふたりの子(男の子と女の子の母)、ナジャラが心をこめてつくりました。わたしは、シリアでドレスのデザイナーでした」という風に、読むとどんな人が作ったのか分かるようになっています。
───作った方個人の顔が見えてきて、ぬいぐるみにとても親近感がわきますね。
中井: そこまですべて考えられているアイディアがすごいですよね。
クンクーシュは、おはなしの後も、難民の方たちの希望となって生き続けているんです。アシュリーさんたちとのやりとりからこの活動のことを知って、ぜひ絵本でも伝えたいと思い、三輪さんに相談しました。
───三輪さんは中井さんの提案を聞いて、どう思われましたか?
三輪: 原書があるものですので、はじめは原文の通りに翻訳したものを出版するというイメージしか持っていませんでした。でも、本の続きの事実があるということを、日本の子どもたちに伝えたいと思いました。そこで、翻訳者あとがきのページに、中井さんのメッセージとともに情報を盛り込むことにしました
───完成したあとがきのページは、読み応えがありますね。中井さんの子どもたちへ向けた<翻訳者メッセージ>と、エイミーさんとぬいぐるみの写真も掲載されていて、今に続いているドキュメンタリーとして、おはなしのリアリティが増して感じられます。
中井: 実は、翻訳をすることになったときに、思い切ってUNHCR駐日事務所にメールで問い合わせをしたんです。帯に載せるコメントをひとことでもいただけたらと書いたら、一度詳しく話を聞きたいとお返事がありました。東京の事務所に三輪さんと伺ってこれまでの経緯などを説明させていただくと、「日本には難民について分かりやすく伝えているものが少ないので、なにか協力できることがあれば」と言ってくださいました。UNHCR駐日代表のダーク・ヘベカーさんが、「飼いネコは家族の一員で、人間、動物の差はない」と、本部のOKをとるのに説得してくださったそうです。
三輪: ダーク・ヘベカーさんは、1ページ分の心のこもったメッセージを寄せてくださいました。
ダークさんは、ぬいぐるみのクンクーシュを手にもった写真を送ってくださって、すごくお茶目な方でしたね。
───ダークさんの、「この絵本を読めば、ねこはただのペットではない、すべての難民たちにとって、生きる証であり、希望の象徴だとわかるでしょう」「もし、難民になにかをしてあげたいと思ったら、あなたならなにができるか、考えてみてください。」というメッセージが心に残りました。
三輪: この、ダークさんのストレートな問いかけは、きっと1人ひとりの日本の子どもたちに届くのではないかと思います。
中井: ダークさんのメッセージを通じて、人や動物に対する思いやりや親切の行為について考えるきっかけになるといいなあ、と思っています。