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こんにちは!世界の児童文学&絵本

2020/04/30

【連載】こんにちは!世界の児童文学&絵本 フランス編(翻訳家・ふしみみさをさんに聞きました!)後編

【連載】こんにちは!世界の児童文学&絵本 フランス編(翻訳家・ふしみみさをさんに聞きました!)後編

世界を旅するように、いろんな国の児童書について、その国にくわしい翻訳者さんにお話を聞いてみよう!という連載です。第2回目はフランスです。
フランスといえば首都パリを思い浮かべますが、翻訳家の伏見操さんが住んでいるのは南フランス。アルルやマルセイユに住み、日本と行き来をしながら、翻訳の仕事を続けてこられたそうです。前編につづき、手がけた訳書についてお話を伺いました。


伏見操(ふしみみさを)

埼玉県生まれ。上智大学仏文科卒。20歳の頃、パリと南仏エクサンプロヴァンスに留学。洋書絵本卸会社、ラジオ番組制作会社などを経て、翻訳者として独立。最初の翻訳出版絵本は『モモ、しゃしんをとる』(文化出版局)。洋書卸会社時代に出会った『うんちっち』(あすなろ書房)『はなくそ』(ロクリン社)といった現代作家のナンセンス・ユーモア絵本や、20世紀前半に出版され、子どもの本に大きな影響を与えた「ペール・カストールシリーズ」の中から『マルラゲットとオオカミ』(徳間書店)などを訳す。作品を選ぶ独自の視点が、出版・書店関係者に注目される訳者の1人。他に『トラのじゅうたんになりたかったトラ』(岩波書店)、「ホラー横町13番地」シリーズ(偕成社)、「ハムスターのビリー」シリーズ(文研出版)など翻訳多数。
伏見さんが最近翻訳した『ブラウンぼうやの とびきり さいこうの ひ』は、実はとても古い絵本で、フランスで活躍した、20世紀を代表するグラフィックデザイナーのアンドレ・フランソワが絵を描いたもの。しかし作品としての存在感は、驚くほど色あせません。刊行から70年経っても古びない本とは?
『ブラウンぼうやの とびきり さいこうの ひ』の一級品のかっこよさと、それぞれの日常の切なさ

ブラウンぼうやのとびきりさいこうのひ ブラウンぼうやのとびきりさいこうのひ」 作:イソベル・ハリス
絵:アンドレ・フランソワ
訳:ふしみ みさを
出版社:ロクリン社

20世紀を代表するフランスのグラフィックデザイナー、アンドレ・フランソワの傑作絵本。
豪華なホテル暮らしのブラウンぼうや。ある日のこと、仲良しのメイド、ヒルダの家に招かれました。ブラウンぼうやにとって郊外の家での日常は、わくわくの連続。人生でいちばんすばらしい日だったのです。

伏見:アンドレ・フランソワは、サヴィニャックとともにアール・デコの巨匠カッサンドルに学んだ人物です。ポスターや絵は、フランスで今でも人気があります。この絵本は1949年刊行なのに、全然古びていない。デザインも絵も一級品で、文句のつけようのない、かっこよさですよね。
タイトルに「ブラウンぼうや」とあることから、茶色と黒の2色でデザインされているのもおしゃれですし、ペンの線、空白の使い方、配置、人や動物の表情……背景のすみに至るまで、すべてに味わい深さがあります。
ブラウンぼうやのとびきりさいこうのいちにち
(『ブラウンぼうやのとびきりさいこうのひ』より)
今の日本に暮らす私たちにもぴったりの本
伏見:この絵本は、都会で豪華なホテル暮らしをするブラウンぼうやが、仲良しのメイドに連れられて田舎にある彼女の家をたずねた、わくわくする一日の出来事を描いています。そこには、ふだんぼうやが暮らす都会とはまったくちがう日常がありました。あたたかい人々、動物との暮らし、家族のために焼かれるチョコレートケーキ!
おそらく、描かれている都会は、1940年代後半のニューヨークがモデルだと思いますが、部屋からエレベーターで地下鉄に直結なんて、まるで今の東京みたいですよね。もう一方で、この作品には、都市郊外で暮らす、移民一家の様子がさりげなく描かれているんです。海を越えた遠い国からやってきて、2つの言葉を話せるなんてすごい!とブラウンぼうやは感動しますが、決して単純じゃない格差や、日常の切なさが本から漂っています。
ブラウンぼうやのとびきりさいこうのいちにち
(『ブラウンぼうやのとびきりさいこうのひ』より)
子どもたちには、きれいで胸があたたかくなるこの絵本をただ楽しんでほしい、と心から思っています。でも同時に、本書に描かれているような、難民や移民との生活格差は、世界共通の大きな課題だと感じます(とくにヨーロッパに住んでいると肌で感じます)。
日本でも、外国から働きに来る人たちはどんどん増えていて、これから先、このような人たちとどう一緒に暮らしていくのか、お互いの違いをどのように尊重し合っていくかが課題となるでしょう。今の子どもたちが大人になる頃には、さらに身近な問題になっていると思います。だからこそ『ブラウンぼうやの とびきり さいこうの ひ』は、今の時代にぴったりの絵本だと思います。
フランスは移民の国
伏見:アンドレ・フランソワはフランスのデザイン界で活躍した人物ですが、ハンガリー出身。フランスの有名なペール・カストールシリーズの初期を支えた画家ロジャンコフスキーや、ナタリー・パランもロシア出身です。フランスは昔から移民が多い国で、現在は北アフリカ出身の人たちも多く、いろんな出自を持つ人たちが集まってひとつの国を形作っているのです。
秋頃には、もう1冊、『わにの なみだは うそなみだ』というアンドレ・フランソワの絵本を出版予定です。洒落たナンセンス・ユーモアがとびきり素敵な本で、私は『ブラウンぼうやの とびきり さいこうの ひ』と甲乙つけがたいほど、ものすごく気に入っています。

アンドレ・フランソワのその他の作品

最後に紹介するのは、伏見さん自身にとっても転機になったと語る、2冊の本。図書館ではYAと呼ばれるジャンルに分類される、子どものための小説であり文学です。
子どもの心に種を蒔く本。『ファニー 13歳の指揮官』と『瓶に入れた手紙』

ファニー 13歳の指揮官 ファニー 13歳の指揮官」 著:ファニー・ベン=アミ
編:ガリラ・ロンフェデル・アミット
訳:伏見 操
出版社:岩波書店

第二次世界大戦時,ナチスドイツ支配下のフランスから,子どもたちだけでスイスの国境をめざした,ユダヤ人少女の驚くべき実体験.

伏見:『ファニー 13歳の指揮官』(岩波書店)は、第二次世界大戦中、ナチスに支配されるフランスから、中立国のスイスへ子どもだけで逃げた、ファニーという13歳のユダヤ人少女が、のちに自らの体験を語った実話です。2016年にフランス・ベルギーの合作で作られ、日本では2017年に公開された映画『少女ファニーと運命の旅』の原作です。
岩波書店の編集者さんから翻訳のお話をいただいたとき、映画の公開日が迫っていて、かなり短期間で仕上げなくてはならず、作品の内容からしても難しい翻訳になると思いました。でも一読してこれは訳すべきだと思いました。 この本を訳してから、町でファニーくらいの歳の子を見ると、目で追わずにはいられなくなりました。ああ、こんな子が突然、引き裂かれるように親を連れ去られ、恐怖の中で逃げ続けなければならなかったんだと思いました。「もし私だったら……」と想像させてくれる力がこの本にはあります。

瓶に入れた手紙 瓶に入れた手紙」 作:ヴァレリー・ゼナッティ
訳:伏見 操
出版社:文研出版

でも、もし、この手紙があなたのもとへたどり着き、最後まで読んでくれたとしたら…。2003年9月9日、エルサレムのヒレルカフェで実際に自爆攻撃があった日に生まれた物語。

伏見:『瓶に入れた手紙』(文研出版)も、映画(『ガザの海に流した瓶』2010年制作)の元になった小説です。作者のヴァレリー・ゼナッティ自身が脚本を手がけ、リュミエール脚本賞を含む、20もの賞を受賞し、高い評価を受けました。機会があったら映画もぜひ見てほしいです。

この本の舞台は、イスラエルとパレスチナ。エルサレムに住む少女タルは、無差別に自爆攻撃をしかけてくるパレスチナ人のことが知りたくて、瓶に入れた手紙を海に流すよう、兄に頼みます。数週間後、「ガザマン」と名乗るミステリアスな人物から、嫌みや憎しみたっぷりのメールが届きます……。イスラエルの少女と、パレスチナの青年、2人の間のメールは途切れ途切れにつながり、やがて互いに心を開くようになっていきます。
イスラエルは、第二次世界大戦のホロコーストで痛めつけられたユダヤ人が、はじめて建国を実現した国だと言われます。でも迫害で苦しんだ民族がなぜ?と思うほどに、今度はパレスチナの人々を迫害する側に回ってしまっています。「入植」から時が経ち、今のイスラエルの若い人たちは、かつてそこに住んでいたパレスチナの人々を追い出した歴史を、学校で習うこともなく、知らないことが多いようです。
ヴァレリー・ゼナッティ
ヴァレリー・ゼナッティ(仏出版社l'ecole des loisirsサイトより)
伏見:作者のヴァレリーは、南仏のニースに生まれ、13歳のとき両親とともにイスラエルに移住しました。前出のファニーも、ヴァレリーも、フランスとイスラエルという2つの国をもつ女性です。
国境が常に動いてきたヨーロッパでは、日本よりも民族の問題はずっと身近です。たとえばパリとアルルは、同じフランス国内でも、特急電車で4時間近くかかりますが、パリからベルギーの首都ブリュッセルへは1時間半もかかりません。隣国との距離感がとても近いです。
他民族への憎しみは、無知や怖れからはじまります。でもファニーのような子のことを具体的に想像したら? イスラエルの少女タルや、パレスチナの青年ナイームの心を知ったら……? 決して「〜人」とひとまとめに憎むことはできないのではないでしょうか。

ヴァレリーは18歳から2年間、イスラエルで兵役を経験し、現在は作家としてパリに暮らしていますが、イスラエルとパレスチナの両方に公平で、決して未来への希望を捨てません。
ヴァレリーはこう言っています。子どもや若者に向けた文学は、革命のできる文学であり、世界を変えられるものだ、と。ヴァレリーの作品は、非情な現実を淡々と綴りながらも、結末には清々しさがあって、それが私は大好きなところです。

伏見さんが訳したヴァレリー・ゼナッティの作品はこちらも

伏見:『ファニー 13歳の指揮官』『瓶に入れた手紙』の2冊を訳したことは、日本と世界に共通する問題を、あらためて考え直すきっかけになりました。自分が翻訳者としてできることは何だろうかと考えたとき、「優しい人が、迫害する側に回らずに済むような、そんな手助けができる本を子どもたちに手渡したい」と思いました。
美しいもの、ユーモアのあるもの、言葉にできない大切なものを何とか語ろうとしているもの。それから、個人を深く描くことで逆に普遍性を持つものも。
フィクションだからこそ、描ける真実がある。登場人物に起こったことを、自分のことのように感じ、考えることができる。それが物語の強さでしょう。 他民族へのイメージや、考え方が固まってしまう大人になる前に、子どものうちにたくさんの物語に出会ってほしいと思います。たくさん種を蒔けば蒔くほど、そのどれかはいつかどこかで芽吹くかもしれない。そんな種を蒔く手伝いをしたいと思っています。
フランスってどんな国?伏見さんからもうひと言
伏見:私が住んでいる南フランスは、日本よりずっといいかげんでのんびりしています。よく物が壊れるし、たとえば、家のどこかの修理のために大工さんを呼んでも、なかなか来てくれないなんてよくあることです(笑)。古代遺跡がすぐ近くにあり、私が住んでいた建物は、なんとそのローマ古代浴場の一部(石壁)を勝手に使って作られていました。「遺跡なのに、いいの?」と思いますよ(笑)。
アルル駅で止まるはずの電車が、止まらずにうっかり通りすぎちゃったこともあります。日本よりずっとバカンスが長く、夏は仕事も完全に麻痺します。でも学力は日本と比べても決して劣りません。

アルルの家のベランダからの眺め

アルルの家のベランダから見える、ローマの古代浴場跡
伏見:学校の試験は記述式が中心で、マークシート方式ではなく、すべて自分で答えを書きます。おそらくヨーロッパでは唯一、高校の授業で「哲学」が必修科目です。小さい頃から自分の言葉で自分の考えを述べることを訓練されている国です。
また、本関係のイベントが多く、あちこちで行われています。作家が、学校などで、授業の一環としてワークショップをすることも多く、そのときには税金によってちゃんと講師料が支払われます。図書館で本を1冊借りると、1冊分の印税が作者に支払われる仕組みもあります。日本よりも、表現者の権利や生活を守る制度があり、尊重される社会だと言えるかもしれませんね。

マルシェのトマトやさん

伏見さんがアンティーク市で見つけた、昔の積み木とサントン人形。サントン人形は、プロヴァンス地方で作られる土人形で、サントンとはプロヴァンス語で「小さな聖人」の意味。19世紀のプロヴァンスの人々の伝統的な衣装や、生活の様子を表していると言われます。キリスト降誕の像が有名だそう。


たくさんの翻訳を手がけてきた伏見操さんの作品の中から、ほんの一部ですが、前後編に渡ってお届けしました! フランスの絵本・児童書には、古いものから新しいものまで、まだまだたくさんのおもしろい作品がありますよ。この機会にぜひ探してみてくださいね。
インタビュー・文:大和田佳世(絵本ナビライター)
編集:掛川晶子(絵本ナビ編集部)


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