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こんにちは!世界の児童文学&絵本

2022/06/09

【連載】こんにちは!世界の児童文学&絵本 特別編 英語圏翻訳者インタビュー(1)(翻訳家・長友恵子さんに聞きました!)

【連載】こんにちは!世界の児童文学&絵本 特別編 英語圏翻訳者インタビュー(1)(翻訳家・長友恵子さんに聞きました!)

世界には様々な言語がありますが、中でも英語は多くの人が読み書きする言語。面白い本がたくさん生まれていますよね。その中から「これぞ!」という作品を選び、日本語に訳して私たちに届けてくれる翻訳者はどんな方なのでしょうか。
今回は、今、注目されている絵本『せんそうがやってきた日』(鈴木出版)をはじめ、ギフトにもぴったりの愛蔵版『不思議の国のアリス』(文化出版局)や、奇妙な設定にワクワクする長編ファンタジー『ヤーガの走る家』(小学館)を手がける長友恵子さん。児童書翻訳を志した経緯や、翻訳学校に通わずどのように道を切り開いてきたのか、色々なエピソードをたっぷりお話してくださいました。どうぞお楽しみください。


長友恵子(ながともけいこ)

翻訳家、エッセイスト。クリス・リデルが 挿絵を描いた『中世の城日誌』(岩波書店刊)で、第51回産経児童出版文化賞JR賞を受賞。『ピーターラビットのクリスマス 25の物語のアドベント』(文化出版局刊)、『ビアトリクス・ポターの物語 キノコの研究からピーターラビットの世界へ』(西村書店刊)、『STAMP BOOKS ぼくだけのぶちまけ日記』(岩波書店刊)、『本おじさんのまちかど図書館』(フレーベル館刊)、『ヤーガの走る家』(小学館刊)、『せんそうがやってきた日』(鈴木出版刊)など翻訳本多数。紙芝居文化の会運営委員、JBBY(日本国際児童図書評議会)会員、やまねこ翻訳クラブ会員。




レベッカ・コッブさんの絵を追いかけて出会った『せんそうがやってきた日』

せんそうがやってきた日 せんそうがやってきた日」 作:ニコラ・デイビス
絵:レベッカ・コッブ
訳:長友 恵子
出版社:鈴木出版

戦争がやってきた日、窓辺には花が咲き、お父さんは弟に子もり歌をうたっていた。午前中の授業で、火山のことを勉強した。おたまじゃくしの歌をうたった。鳥の絵をかいた。そして、ランチタイムのすぐあとに戦争がやってきた。
日常に突如襲いかかり、すべてを破壊し、心の中にまで入り込んでどこまでもつきまとう戦争。その戦争を振り払ってくれたのは、子どもたちの優しさに根ざした行動でした。
2016年春、イギリスで、3000人の孤児の難民の受け入れが拒否され、同じ頃、座るイスがないという理由で難民の女の子が学校への入学を断られました。そのことを聞いて作者が書いた詩が、この絵本の元になっています。この詩がウェブに掲載されると、#3000chairsというハッシュタグをつけた椅子の様々な絵が、世界中からツイッターに投稿されました。椅子は、教育を受ける機会のない子どもたちとの連帯のシンボルになったのです。


『せんそうがやってきた日』は、戦争のニュースを子どもたちにどう伝えたらいいか考える多くの方が手に取っていますね。訳すことになった経緯を教えてください。
長友:イギリスの絵本作家、レベッカ・コッブさんのやさしくてかわいい感じの絵が大好きで、新刊が出るたびにチェックしていたんです。『あなのなかには…』(フレーベル館)を2016年に訳したので、彼女の本の訳を手がけたのは2冊目ですね。

 私は一般読者と同じように、インターネットで情報を集めて、刊行後の原書を探して読むことが多くて。彼女のほのぼのした絵も魅力的ですが、『せんそうがやってきた日』で描かれているテーマがとても意味があると思い、ぜひ日本に紹介したいと思いました。作家のニコラ・デイビスさんの自作の詩をもとに、レベッカ・コッブさんが絵を描いています。
日常の中に、突然、戦争が入ってきて、それまでの生活が奪われる子どもを描いた絵本ですね。
長友: 主人公の女の子がいつも通り学校に行くと、爆撃が始まり、逃げ帰っても家があった場所には黒い穴があるばかり。その子はたったひとりで逃げて……、たどり着いた砂浜には逃げていく家族の、あかちゃんの小さな靴が点々と落ちている。難民の過酷な事実を描いているけれど、レベッカ・コッブさんの絵だと、きっと子どもたちは怖がらずに読めると思うんです。
机に伏せる女の子。『せんそうがやってきた日』より
長友:絵本が描かれたのはウクライナの戦争前で、デイビスさんの頭にあったのはシリアの難民のことだと思います。デイビスさんが「あとがき」で書いているように、世界の難民の半分以上は子ども、18歳以下の子たちなんですね。私も初めて知ったときはショックでした。

親と離れ離れになったり、亡くしたり。難民の子どもじゃなくて、「子どもの難民」が世界には大勢いる。そんな子どもたちがひとりで逃げていった先で、将来の希望につながることがあるとすれば、何だろうと……。

絵本の中でイスは、“教育の象徴”であり、「学ぶ居場所があるよ」ということ。イスは、未来を考えることができる“希望の象徴”なのですよね。原書の背表紙にはイスの絵はないのですが、日本語版では、イスの絵を背表紙にもぜひ入れたいと編集者さんにお願いしました。
イスの道 戦争を押し返す。『せんそうがやってきた日』より
長友: 実は「難民」というテーマは、絵本を手にとる年代の子どもには理解できないと周りから言われていました。ところが鈴木出版さんが出してくださり、今、ウクライナで戦争があって注目されています。嬉しい反面、胸がずっとチクチクしています。せめてこの作品を通じて「子どもの難民」の存在が知られ、社会の理解が広がればいいなと思っています。

『戦争がやってきた日』の作者、ニコラ・デイビスさんの詩がきっかけとなって生まれた#3000chairsのハッシュタグ
デイビスさんは、孤児の難民3000人の避難所への収容をイギリス政府が拒否したこと、難民の子が学校への入学を断られたことを知り、詩を書いたそう。ガーディアン紙のウェブサイトに、誰も座っていないイスの絵を添えた詩が掲載され、大勢の人が #3000chairs とハッシュタグを付けてSNSにイスの絵を投稿。今も#3000chairsで検索するとインターネット上で見ることができます。

『不思議の国のアリス』ではプレッシャーで不眠症に。でも、いざ訳し始めたら楽しくなってノリノリ!

不思議の国のアリス Alice’s Adventures in WONDERLAND 不思議の国のアリス Alice’s Adventures in WONDERLAND」 作:ルイス・キャロル
絵:クリス・リデル
訳:長友 恵子
出版社:文化出版局


『不思議の国のアリス』といえば、誰もが知るルイス・キャロルの名作です。
物語が誕生したのは、1865年……よりも3年前。ルイス・キャロルが、当時親しくお付き合いしていたリデル家の少女アリスのために書いた、同じ「アリス」という名前の女の子を主人公にしたおはなしが元になっています。
「たいへん、たいへん! 遅刻だ!」と慌てて走って行くウサギを追いかけて、穴に飛び込むところから始まる大冒険。不思議な飲み物に変なお茶会。話しかけてくる大きな虫に、消える猫!

わくわくする不思議な世界にユニークなキャラクターが登場し、主人公のモデルになったアリスだけでなく、国境も時間も年齢も性別も越えて、たくさんの人に愛されてきた物語が、150年の時を経て究極の形になりました。


豪華でギフトにぴったりの『不思議の国のアリス』も訳されていますね。現代イギリスを代表するイラストレーターの1人、クリス・リデルさんのチャーミングな絵と、テンポのいい翻訳に引き込まれます!
長友: 『不思議の国のアリス』の翻訳依頼をいただいたのはとても嬉しかったです。私は、翻訳者として駆け出しの頃に、リデル絵の『海賊日誌』『中世の城日誌』(岩波書店)を訳しているんです。イギリス本国で『海賊日誌』はケイト・グリーナウェイ賞、『中世の城日誌』は同賞次点に輝いている良書です。再びリデル作品を訳せることに心が躍りました。
長友: そう言えば20代の頃、アリスに実在のモデル(アリス・リデル)がいたことを知ってアリスの物語に夢中になりました。アリスとルイス・キャロルの素顔や、アリスがビクトリア女王の第4子のレオポルド王子と恋に落ち、でも結婚は許されなくて……というドラマチックな背景に心を奪われてしまったんです。

この本でクリス・リデルが描いた黒髪のアリスは、実在のアリスの写真とそっくりです。本の最後に出てくる大人になったアリスの絵も、実際に残っているアリスの写真を見て描いたとリデルさんにお聞きしました。
ブロンドの髪ではない、黒髪のアリス。『不思議の国のアリス』より
児童文学の古典『不思議の国のアリス』の新訳は、実際に取り組んでみていかがでしたか。
長友: ご依頼いただいたときは「やったー!」と興奮したのですが、河合祥一郎先生や脇明子先生、矢川澄子さんの既訳を読んだり、資料を読み込んだりするうちに、プレッシャーでしばらく不眠症になってしまったんです。

でも1か月間、調べに調べて、「もう翻訳を始めないと間に合わない!」と覚悟を決めて訳しはじめたら、楽しくなってしまい……(笑)。150年前のイギリス英語だしむずかしい言い回しがあるんじゃないかと思っていたら、びっくりするくらい素直な英文だったんです。7歳の女の子(モデルとなったアリス)がわかるように書いたのだから、こうなるのかしらとふと思い、肩から力がぬけました。

それに、先達の先生方が訳された『不思議の国のアリス』を読むと、先生方の翻訳文にはたくさんの自由とおかしみがこもっているのが感じられました。私自身も「おもしろい、楽しもう」と思うようになって、思いきってテンポよく訳すことを心がけました。
物語中のすべての漢字がふりがな付き! 言葉がリズミカルで読みやすく、カラーページも美しい豪華版です。『不思議の国のアリス』より
長友: 実は最近、インターネットでマンガを読むのにハマっておりまして……。「第9章 モトウミガメのうちあけ話」でグリフォンが「それな、」とアリスに同意する言い回しも、若干マンガ的な表現を取り入れています。「帝国の太陽と月であらせられる王さま女王さま」も、言い回しに遊びを入れて訳した部分なんです。編集者さんが、「好きなようにやってください」と力強く後押ししてくださり、励みになりました。
原書と翻訳版『不思議の国のアリス』より
モトウミガメが学校で受けた「最高の教育」とは…? カメの表情にぴったりの、生き生きした楽しい日本語訳

おもちゃ会社を退社してMBA留学、制作会社のアルバイトから翻訳者へ

絵本の翻訳家になろうと思ったのはいつですか? 子どもの頃から本や英語が好きだったのですか。
長友: 小さい頃から本が好きで、世界少年少女文学全集を買ってもらって読んだりしていましたが、翻訳家になろうと思ったのは、ずっとあと。大人になってからです。

もともと日本のお話より、ギリシア神話・ローマ神話・北欧神話が好き。小学生から英語に興味があって、でも母があまりいい顔をしなくて勉強させてもらえなかったんです。だから中学校で英語を学べることが嬉しくて。NHKのラジオ英会話講座にはお世話になりました。テキストが本当によく考えて作られているし、お小遣いで買えるでしょう。講師の先生がアメリカ留学中、夜中まで図書館でねばって勉強していても追い出されなかった、なんて話に憧れたり、異文化の日常のこぼれ話が面白くて。

ずっと留学したくて、高校1年生のとき、担任の先生に「2年生で留学したい」と思い切って言いに行きました。奨学金で留学できる制度AFSがあることを知って、両親に負担をかけずに行けると思ったんです。でもその先生に「留学すると、古文と漢文がダメになるって言うぞ。やめとけ」と一言で反対されて、それ以上言えなくなってしまいました。

後からふりかえって「あのとき、どうして、『それでも行きたいです』と言えなかったのかな」と何度も後悔しました。理由は自分でも何となくわかっています。私は高校入学後成績がドラスチックに下がり、自信をなくしていました。小学校、中学校と「協調性がない」と言われ続けて、高校入学後に頑張って社交的になろうとしてみたものの友達もあまり作れなくて、今、考えれば、思春期のうつ状態だったのかもしれません。学校を休みがちになり、辛い時期がありました。
高校ではどんな本を読んでいたのですか。
長友: その頃、森鴎外、夏目漱石、谷崎潤一郎などの純文学から、宮尾登美子などの大衆小説、司馬遼太郎、池波正太郎などの歴史小説にハマって読んでいました。たまたま友達の家で「ナルニア国物語」シリーズの背表紙を見て、「雰囲気が素敵!」と借りて帰って読んだのが、初めてのイギリス児童文学との出会いです。

大学卒業後はおもちゃ会社に就職して、ニューヨーク、マンハッタンのトイビルディングと呼ばれる大きなビルで開催される見本市(ニューヨークトイフェア)に毎年出張するようになりました。そんなときたまたま、企業派遣生としてMBA留学していた従弟に会って、羨ましくなっちゃったんですね。

会社で毎日のように残業して一所懸命働いていたけれど、いわゆるグラス・シーリング(ガラスの天井)と言うんでしょうか……女性が会社員として働き続ける限界も感じてしまって。当時MBAに挑戦する日本人女性は少なかったし、会社に掛け合ってみましたが、企業派遣は断られ、2年間休職扱いにしてあげると言われました。それって破格の待遇だったのに、辞めてしまったんです(苦笑)。
会社員を辞めて、アメリカに行かれたのですね。
長友: ボストン大学のMBAのコースに2年間通いました。英語漬けの生活の中で、参考書以外の本を探しに本屋に行くと、ふと児童書コーナーに吸い寄せられて。アメリカへ猫も一緒に連れて行っていたので、猫の絵本を買ったりしていたんですね。それで「絵本、いいなあ」「私も訳したい」と思うようになりました。
ボストン留学時代の長友さんの部屋。ソファの上に猫の絵本が並んでいます。日本から連れて行った黒猫の福ちゃんもいます。
市内を走る「T」と呼ばれる電車。この電車で通学したのだそうです。
ボストン大学経営大学院卒業式で、学長から卒業証書をもらう長友さん。
長友: 帰国後は働かなきゃいけないから、また就職先を探し始めるんですけれど、なかなかうまく行かなくて。アパレル系の広報誌を作る制作会社でアルバイトを始めました。

アルバイト先で、それまで1冊も絵本なんか訳したことないのに、「絵本の翻訳家になりたい」と毎日のように言っていたら(笑)、制作会社の社長さんが面倒見のいい方で……。文化出版局では雑誌の元編集長さんだったんです。

佐野洋子さんが訳した『ゆかいなゆうびんやさん:おとぎかいどう 自転車にのって』(文化出版局)の編集者は後輩だからと、紹介してくださったんです。嘘みたいな話でしょう。その方が「一緒にやりましょう」と言ってくださって、デビュー作の『おおきな、お・お・き・いレックス』(文化出版局)につながりました。
長友さんが一時期ボランティアをしていた、ボストン・チルドレンズ・ミュージアム。Tの駅からミュージアムに行く途中で、ボストン茶会事件の小さな船が再現されていて、観光客が茶箱を海に投げ捨てる体験ができるそうです。
19世紀末から20世紀はじめに活躍した美術収集家イザベラ・スチュアート・ガードナーの美術館の中庭にて。
ボストン港のロング・ワーフにある、ホエールウォッチング申し込みブース。ボストン近海は野生のクジラの姿を見ることができます。(長友さんも楽しそうに泳ぐクジラを見たそうです!)
すごいですね! 翻訳家への道を引き寄せたのですね。
長友: 何の根拠もなかったけれど「できる」と変な確信を持っていました。実際はそんなことなくて、真っ赤っ赤になるほど修正が入るんですよ。編集者さんが「育てよう」という気持ちで向き合ってくださったんだと思います。

でも当然、現実は厳しいですよね。絵本を1冊、読み物を1冊出したあとは仕事がなくなって……「やっぱり翻訳家は無理だったかなあ」と思いました。「最後に思い出を作ろう」という気持ちで、イタリアのボローニャブックフェアに行きました。

その後出会った『海賊日誌』『中世の城日誌』を「イギリス本国で賞をとっているのに日本語訳がないのは、大型絵本だから書店の棚に入らないからかな?」と思いながら “ダメで元々”と岩波書店に持ち込みました。そうしたら驚いたことに、編集長さんがお目にかかったその日に「やりましょう」と言ってくださったんです。

私がゲラを持って行くと、編集長さんが一緒に地下の会議室に5時間もこもって、お茶とおまんじゅうを出してくださり、かかりきりで訳文の検討をしてくださるんです。翻訳学校に行ったことのない私にとって、そんな編集者の方々が先生でした。

2003年の秋に日本語版2冊を同時出版、翌年、『中世の城日誌』が産経児童出版文化賞JR賞を受賞しました。受賞連絡が来たのは4月1日で、驚く私に、「エイプリルフールじゃないわよ」と電話口で編集長さんが笑ったことを覚えています。この2冊が名刺代わりになり、なんとか翻訳者を続けていけることになりました。


愛されること、愛すること。両方の大切さをしみじみ感じた『ヤーガの走る家』

ヤーガの走る家 ヤーガの走る家」 著:ソフィー・アンダーソン
訳:長友 恵子
出版社:小学館

鳥の足がはえた家にすむ少女の成長物語

「わたしの家には鳥の足がはえている。家は、年に二、三度、夜中にすっくと立ち上がり、猛スピードで走り出す。」(冒頭文抜粋)
少女マリンカが祖母のバーバと住む不思議な家には、あの世とこの世の境界を守る秘密の「門」がある。バーバはこの門の番人で、マリンカも将来番人になることを運命づけられて育った。
毎晩「門」を目指して訪ねてくる死者達を、美味しい料理と楽しい音楽でもてなし、星へ還すバーバの仕事を手伝うマリンカ。
でも本当は、その仕事に明け暮れる人生ではなく、生きている人たちの世界で友だちを作って遊ぶことを夢みている。
自分の運命は自分で決めたいという気持ちが強くなり、もがき、あらがい、行動していく。

ロシア民話「バーバ・ヤーガ」をモチーフに、家族の愛情と絆、少女の葛藤と成長、そして人生を自分の足で歩むことへのエールを描いた長編ファンタジーです。


「わたしの家には、鳥の足がはえている」という文で始まる、『ヤーガの走る家』は不思議な勢いがある物語ですね。少女マリンカは、育ての親であるおばあちゃん、ヤーガ・バーバの死者をおくり出す仕事が嫌で、普通の女の子になりたくて仕方がありません。自分の幸せを求め、かえってどんどん追い詰められていく姿に目が離せませんでした。
長友: 物語の前半のマリンカは、強情で自己中心的で……好きになる人はあまりいないでしょうね(笑)。でもそれは、おばあちゃんのヤーガ・バーバと「鳥の足がはえた家」に溺愛され、一風変わった暮らしの中で、同じ年頃の友達もいない……。育った世界が狭いせいだからでしょう。でもベンジャミンという友達ができたり、子ヒツジを守ろうとすることで、愛されることだけじゃなく、愛することも覚えていく。

マリンカが、いろんなことにぶつかり、どんなに挫折しそうになっても夢をあきらめないでいられるのは、愛されたからだと思います。それが、最後にビックリする結末につながっていきますよね。物語を読んで、私は、愛されること、愛すること、両方大事なんだなあとしみじみ思いました。

有名なクラシック音楽、ムソルグスキーの組曲《展覧会の絵》の9曲目に「鳥の足の上に建つ小屋(バーバ・ヤーガの小屋)」がありますが、ロシアのおとぎ話の魔女、バーバ・ヤーガは、鳥の足がはえた家に住んでいると言われます。走る家は、本書の中でも、イギリス北部の湖水地方から、アフリカの砂漠地帯、ロシアのステップ高原まで、突然猛スピードで走り出しては、物語の舞台を変え、様々なシーンを見せてくれます。

すごく嬉しかったのは、イラストレーターの後藤貴志さんが素敵な絵を描いてくださったこと! カバーを外した本体が、何の絵柄だかわかりますか? バーバのスカーフの柄なんです。原作者のソフィー・アンダーソンさんがとても喜んで、SNSに何度も日本語版の表紙や挿絵を投稿しているんですよ。
カバーを外した本体。バーバのスカーフの柄になっています。『ヤーガの走る家』より イラスト/後藤貴志 デザイン/アルビレオ
長友: 中面の人物紹介イラスト、「バーバのおもてなし料理例」「ヤーガの家の中」の間取り図も、後藤さんが描いた日本語版オリジナルです。原書に料理レシピが付いていたので、確かに訳して編集者さんにお渡ししましたが、こんなにかわいいイラストになるなんてと感激しました。
「バーバのおもてなし料理例」『ヤーガの走る家』より イラスト/後藤貴志 デザイン/アルビレオ
長友: 『ヤーガの走る家』は、2019年イギリスのカーネギー賞のショートリスト最終候補に残り、高評価を受けた作品。私は候補作の中で一番面白いと思いました。実は作者のデビュー作なんですよね。本書のヒットで、ソフィー・アンダーソンさんは、一躍有名になりました。その後3冊出版されていますが、どれもそれぞれ異なる雰囲気で、読み応えがあります。機会があればぜひまた彼女の作品を訳したいと思っています。
「翻訳の仕事の半分以上は調べ物」資料を集めて読むことはもちろん、原作者に質問することもよくあるそうです。そんな長友さんは、大人になってたくさんの出会いがあり、翻訳に迷うと助けてくれる大切な友人が何人もいらっしゃるとか。「子どものときはあまり友達がいなかったのに」と笑い、「今の友達にうるさいってよく笑われるんです。高校時代暗かったなんて言ったらびっくりすると思う」と。いくつもの運命的な出会いも、長友さんのひたむきなパワーがあってこそ、と納得! 笑顔いっぱいのインタビューに元気をいただきました。長友さん、ありがとうございました。
インタビュー・文:大和田佳世(絵本ナビライター)
編集:掛川晶子(絵本ナビ編集部)
※アメリカ・ボストンの写真は、長友恵子さんにご提供いただきました。


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