ハン・ガンさんは2024年にノーベル文学賞を受賞した作家で
韓国人で初めてで、アジア人女性初めてで、1970年代生まれで初めてと初めて尽くしで、
受賞後その作品は日本でもベストセラーになった。
そして、この『涙の箱』は、そんなハン・ガンが描いた大人のための童話として
2025年8月に刊行された美しい一冊だが、
韓国で出版されたのが2008年ということだから彼女にとっては初期の作品になるだろうか。
そういう意味では、ハン・ガンの入門書として入りやすいかもしれない。
彼女がノーベル文学賞を受賞した際の受賞理由に、
「人間の命のもろさを浮き彫りにする詩的散文」という一節があったようだが、
この作品こそその「詩的散文」の力が遺憾なく発揮されているといえる。
登場してくるのが、まわりの人たちから「涙つぼ」とからかわれるほど涙がとまらない女の子。
この子の涙がとても貴重だと、彼女の前に現れるのが「涙を集めている」おじさん。
おじさんが探しているのは「純粋な涙」。
女の子の流す涙はきれいだけれど、本当の「純粋な涙」ではないとおじさんはいう。
彼女の涙が「純粋な涙」になるには、もっと時間が必要だと、おじさんは教える。
もしかしたら、ハン・ガン自身この童話を書いた時、
彼女自身がそう思っていたのではないだろうか。
もっと自分を鍛える、時間が必要だと。
この童話から10年以上の時を経て、ハン・ガンはノーベル賞作家となったのだから。