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こんにちは!世界の児童文学&絵本2020/04/23
世界を旅するように、いろんな国の児童書について、その国にくわしい翻訳者さんにお話を聞いてみよう!という連載です。初回のチェコにつづき、第2回目はフランス。
フランスといえば首都パリを思い浮かべますが、翻訳家の伏見操さんが住んでいるのは南フランスだそうです。日本とフランスを行き来しつつ、これまで訳を手がけてきた本や、作家の方々との交流エピソードなどについてお話を伺いました。前・後編に分けてお送りします。
埼玉県生まれ。上智大学仏文科卒。20歳の頃、パリと南仏エクサンプロヴァンスに留学。洋書絵本卸会社、ラジオ番組制作会社などを経て、翻訳者として独立。最初の翻訳出版絵本は『モモ、しゃしんをとる』(文化出版局)。洋書卸会社時代に出会った『うんちっち』(あすなろ書房)『はなくそ』(ロクリン社)といった現代作家のナンセンス・ユーモア絵本や、20世紀前半に出版され、子どもの本に大きな影響を与えた「ペール・カストールシリーズ」の中から『マルラゲットとオオカミ』(徳間書店)などを訳す。作品を選ぶ独自の視点が、出版・書店関係者に注目される訳者の1人。他に『トラのじゅうたんになりたかったトラ』(岩波書店)、「ホラー横町13番地」シリーズ(偕成社)、「ハムスターのビリー」シリーズ(文研出版)など翻訳多数。
フランス語の「こんにちは」って?
伏見:ボンジュール。
フランスの人たちは、目が合うと知らない人同士でもにこっと微笑みます。日本人は失礼にならないように目をそらしたりしますが、私は、このちょこっと微笑み合う習慣が好きです。
南仏アルルの路地や、伏見さんお気に入りのハイキングコース
アルルの友人が住む家の通り。
アルル郊外のハイキングコースの入口。このうっそうと木が茂っているところへ行くと……。
こんな入り口が現れます!
ハイキングコースの途中、アルピーユ山脈とオリーブ畑の風景。
フランスってどんな国?
では、フランスの絵本や児童書、どんなものがあるのでしょうか?
フランスの子どもたちに人気、アニメにもなっているシモンのシリーズ
まずは……絵本ナビではおなじみの人気作『うんちっち』(あすなろ書房)のシリーズ。伏見操さんが洋書卸会社で働いていたときに原書を見て「おもしろい」と直感。フランスではアニメ化されるほどの人気(*)、日本でも親しまれるロングセラーに。2018年に翻訳出版された『ちびちっち』(あすなろ書房)は、弟が生まれてちょっぴりイライラ、お兄ちゃんになったシモンに注目です。
(*2020年4月現在、NHKのEテレでも毎週月曜に「おちゃめなシモン」として放映中。)。
フランスと言えば、1931年に刊行された「ペール・カストール(ビーバーおじさん)」のシリーズを生んだ国としても知られます。まだ子どもの本があまりなかった時代に良質の作品を廉価版で数多く発行し、世界中に影響を与えました。シリーズの代表作に数えられる『マルラゲットとオオカミ』(徳間書店)と『ゆきのひのおくりもの』(鈴木出版)を伏見さんは訳しています。
美しく、そこはかとなくおかしさが漂う、愛のはなし『マルラゲットとオオカミ』
ある日、森へでかけた小さな女の子マルラゲットは、オオカミにおそわれそうになりました。マルラゲットが必死にあばれたので、オオカミは頭を岩にぶつけて、ケガをしてしまいます。痛がるオオカミを気の毒に思ったマルラゲットは、オオカミを看病してやることにしました。森のみんなからきらわれていたオオカミは、マルラゲットに心をひらいて…? フランスの絵本「ペール・カストール」シリーズの代表作を復刊。
伏見:ゲルダ・ミューラーは、私が翻訳者として駆け出しの頃に渡仏したとき、会いに行った作家の1人でした。手紙を書いたらフランスの出版社経由でゲルダに届いて、しかもパリ滞在中は自分のアトリエに泊まってもいいと言ってくれました。はじめて会ったのに、1か月間もいさせてもらったんですよ。なんて親切なんだろうと思いました。
私は、まさにペール・カストールシリーズの『マルラゲットとオオカミ』を見てファンになり、ゲルダに会ってみたいと思ったのです。私にとっては最初に訳したゲルダの本で(一度パロル舎から出版、後に、鈴木出版から復刊)、人生のベスト絵本の1つです。
人生のベスト、そのわけは?
伏見:純粋で意思の強そうな、かわいらしい女の子や、女の子のために肉を食べるのを我慢してやせ細っていく、情けないオオカミの表情が、どこか切なくて胸を打つんです。美しい、まじめな愛のはなしだけど、そこはかとなくおかしい。訳しているといつも最後はじーんとして泣きそうになりました。ゲルダが若い頃に描いた、1952年の作品ですが、何度読んでもいいなあと思います。大好きな絵本です。
ゲルダ・ミューラーさんってどんな人?
伏見:ゲルダは今はもう90歳を超えていますが、まじめで、がんこで、少女みたいなところがあって……。本当に筆一本で絵を描いて生きてきた女性です。「私はナチュラリストなの」と自分でも言うとおり、自然が好きで、住んでいるパリからちょっと出かけると、木や波ばかり見て、帰ってくると記憶を頼りにそれを描くんです。見ると覚えちゃうと言っていました。アトリエには木の絵がいっぱいありました。はじめて出会ったときすでに70代だったと思いますが、87歳で『ソフィーのやさいばたけ』(BL出版)を出版、年齢を重ねても細やかな絵を描きつづけていて驚かされます。
ちなみに『ゆきのひのおくりもの』もペール・カストールシリーズの1冊で、ゲルダの作品です。 また『マルラゲットとオオカミ』の文章を書いたマリー・コルモンは、10歳で孤児となり、経済的な苦しさから若くして亡くなってしまったのですが、とても才能のある女性でした。マリー・コルモンが書いたというだけで、「きっとおもしろいぞ」と私は期待してしまうくらいです。マリーが文章、ロジャンコフスキーが絵を描いた『ミシュカ』(新教育出版社)も日本で翻訳されています。 伏見さんが訳した、ゲルダ・ミューラーの絵本
翻訳者として、フランスの作家たちと親交を深めてきた伏見さん。世界的なアーティストであるポール・コックス氏との付き合いは長く、氏が来日する際はしばしば通訳者として付添っています。2人のコンビで楽しく制作されたのが『えのはなし』日本語版です。
茶目っ気とユーモアがたっぷり、ボローニャ・ラガツィ賞受賞作『えのはなし』
世界が注目するフランス人アーティストが贈る、傑作絵本!
伏見:『えのはなし』(青山出版社)の原題は「Histoire de l’Art」。Histoireには、「おはなしstory」と「歴史history」の2つの意味があり、ポールはそれを両方の意味にかけて、遊んでいます。だから、原書はわざと美術史の本に見えるような、布張りの装丁で仕上げられていました。中を開くと、イラストはもちろん、本文から奥付までポールが手書きで描いた、遊び心たっぷりの本です。
制作費が高くなるため、日本では同じような布張りができなかったのですが、その代わりポール自ら、日本語版用のデザインをオリジナルで仕立て直しました。おまけに、ポールに指示されて、本文から奥付まではすべて私が手書き文字で書くことになりました(笑)。
タイトルについて言うと、彼の作品にはこんなふうに「作家からのウィンク」みたいな、ちょっとした謎かけや遊びが、ほぼ必ず入っています。残念ながら、histoireの二重の意味を日本語に訳すのはどうしても無理だったので、『えのはなし』としました。 ポールは独学で美術を学ぶとともに、舞台美術や広告ポスターなど、世界中のいろんなジャンルで活動している人で、本に対しても枠にとらわれない自由なところがあります。この原書は、ボローニャ国際児童図書展でボローニャ・ラガツィ賞最優秀賞を受賞したのですが、ポール自身は全く気にしていなくて、どの賞をもらったかも覚えていませんでした(一番いい賞だったのに!)。
ポール・コックス氏 南仏のカフェにて。
2007年夏頃、板橋区立美術館『イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』のワークショップでの、ポール氏と伏見さん。ちょうどこの頃、日本語版『えのはなし』を制作中でした。
『えのはなし』の魅力は?
伏見:この本は、とにかくユーモラスで洒落ていておもしろいです。若い絵描きルコ・ポックスがお姫様に恋をするけれど、お父さんの王様はいじわるでアイスばっかり食べて、2人の恋を邪魔してばかり。国には、つらく退屈な毎日を送る人があふれています。
ある日散歩に出たルコは、ふしぎなおじいさんに出会い、絵を描くと本物になる筆をもらいます。その筆で描いた王様の絵が、カンバスから抜け出して……ルコの友人になるのですが、薄くてぺらぺらで(笑)。風に飛ばされそうになるし、ポストの投函口からどこへでもしのびこめる一方、誰かの忘れ物だと思われてくるくる丸められ、平に戻すのが大変だったり(笑)。軽やかなユーモアに、吹き出す場面がいっぱいありますよ。
「帰り道、風がはげしくふいていました。家につくと、ルコと冒険家は、長いこと丸められてあとがついてしまった王さまをまっすぐにもどそうとしましたが……」(『えのはなし』より)
「うまくいきません。べつの方法もためしたら、」(『えのはなし』より)
伏見:この主人公のルコ・ポックスだって、『ポール・コックス』の名前を組み替えたもの。これも作者のウィンクの1つですね。
ルコとお姫様のハッピーエンドのあと、「人々がそとに出て、あたりを見まわすと、世界はまるでちがって見えました」というオチが、私は好きなんです。あっけらかんとした、へんてこなおもしろさと、それと同時にどこか深みが感じられる、すごい作品じゃないかなと思います。 今、ポールが絵、私が文章を担当する形で、制作中の作品が何冊かあります。バスク地方の民話を再話した『へびと船長(仮)』が、「世界のむかしばなし絵本」シリーズの1冊として秋頃に出版予定です(*1)。同じく秋以降には、古事記の再話で、『あまのいわと』『やまたのおろち』『いなばのしろうさぎ』『うみさち やまさち』4冊が出版される予定になっています(*2)。 *1 BL出版より刊行予定
*2 岩崎書店より刊行予定
上記のほか、とってもちらかす人と、すごく几帳面な人が一緒に暮らしているという、伏見さんの創作絵本が、ポールさんとのコンビで進行中だそうです!
今回ご紹介した本の作者は、ステファニー・ブレイク、ゲルダ・ミューラー、ポール・コックスといった、現代フランスの第一線で生き生きと活躍するアーティスト、絵本作家ばかり。表現のタイプもさまざまで、アート分野の先進国フランスというイメージを裏切らない幅広さです。 伏見さんによると、フランスでは、毎晩子どもに、寝る前にベッドで本を読み、おやすみを言って電気を消すという習慣のある家庭が多いそうです。親は親、子どもは子ども部屋と、別々の部屋に寝る元々の習慣も関係があるかもしれませんが、「日本よりもフランスの子どもたちのほうが、毎晩読んでもらう習慣が根付いているのでは」とおっしゃっていました。 一方で、フランスは子どもだけでなく、大人も楽しめる絵本が多く、「絵本は子ども向けのもの、と決めてかかっていないところがあるかも」と。たしかに、ゲルダ・ミューラーの作品は、『庭をつくろう!』(あすなろ書房)をはじめ、日本でも大人のファンが多いのです。この機会にぜひフランスのいろんな本を探してみてくださいね。 →【《後編》につづきます!】
インタビュー・文:大和田佳世(絵本ナビライター)
編集:掛川晶子(絵本ナビ編集部)
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