連載

【長新太没後10年記念連載】 担当編集者&絵本作家インタビュー

2016/03/24

【連載】第4回 『みみずのオッサン』担当編集者 永牟田律子さん(童心社)インタビュー

【連載】第4回 『みみずのオッサン』担当編集者 永牟田律子さん(童心社)インタビュー

今回、長さんのことをお話してくださるのは、童心社の永牟田律子さんです。永牟田さんが長さんと一緒に作った『みみずのオッサン』は、あのマツコ・デラックスさんもテレビ番組で大絶賛された作品。この絵本がどのようにして生まれたのか、おはなしを伺いました。

●長さんはどこまでも広く深く温かく……まるでご自身の描く地平線のような方でした。
――長さんとはじめて会ったときの思い出、私だけが知っている長さんの人となりについてお聞かせください。

はじめて長さんのお宅へうかがったのは、入社2年目のことでした。
先輩編集者にくっついて座ったソファーで、どんなお話をしたのか、まったく覚えていません。でも、そのときの空気は、今でもありありと思い出せます。

2階にあるアトリエは、心地よい空気に満ちていました。
床に置きっぱなしになっているものなどひとつもなく、ソファーの向こうにある大きな机の上は整然としていて、絵の具は絵の具、筆は筆、といった感じでそれぞれの場所にまとめられていました。
かといって、みんなガチガチでカッチリ、というわけではないのです。絵の具のふたは思い思いの方向を向き、机からうしろを振り返るとすぐに手が届く本棚には、木やガラスの不思議な置物が本に混じってありました。
みんな好きな場所に、それぞれの顔で存在しているようでした。
そのご機嫌な空気を乱したらたいへんなことになりそうで、私は自分の体からほこりが落ちたりしないよう、お茶に手をのばすのにも緊張しました。

ひときわ不思議で心地よい空気を発していたのが長さんで、ほんの少し前まで学生だった私は、オーラがあるとはこういうことかと思いました。
じーっと見ると、実はソファーから1ミリくらい浮いているのではないかと、その後も何度か思ったことがあります。
――絵本に対する長さんの姿勢、絵本を作っているときのエピソードなどをお聞かせください。

まだ編集者として駆け出してもいない私に、長さんは打ち合わせのたび、絵本についていろいろなお話をしてくださいました。
あるときは絵本のアイデアが描かれている黒い手帳を見せてくださり、こうおっしゃいました。
「僕の絵本ね、思いつくままに描いていると思ってる人がいるけどね、こうしてアイデアが出てきたら、しばらく寝かせるの。パンの生地を少し置いて発酵させるのと同じ。絵本のアイデアも発酵させて、ふくらませるの」
また、どのインクで印刷するのがいいか検討するため、2種類のインクで刷った試し刷りをお持ちしたときのこと。
「永牟田さんは、この絵本をいいものにしたいと思って、試し刷りを持ってきてくれた。その気持ちはとっても大事。編集者が本気だと、印刷会社の人も本気でいい色を出すにはどうしたらいいか考える。製本所の人もきれいに製本したいと思ってくれる。編集者の姿勢は、絵本作りに関わるすべての人に伝わるからね」

そのお言葉を深く胸に刻み、編集という仕事は何と恐ろしく、そしてやりがいのある仕事だろうと思いました。
――『みみずのオッサン』を出版するまでの経緯、製作中大変だったこと、楽しかったことをお聞かせください。

初めて黒のペンで描かれたダミー(試作本)を見せていただいたときは、衝撃でした。
「オ、オッサン!?」じっとタイトル文字を見ていると、長さんがやわらかに、まるできれいな花のお話でもするかのように説明してくださいました。
「みみずのおじさんという意味じゃないの。『オッサン』は、名前なんだよね」なるほど、それは大切! というわけで、その説明は前袖にも入ることになりました。
「でもまあ、中年のおじさんなんだけどね。ほら、よく見ると下腹が出てるでしょ。ちょびヒゲもはえてるの。何年か前、みみずの絵本を作ってって、女の子から手紙をもらってね。大人は嫌いだけど、子どもは好きだよね。それにみみずって、りっぱだよね……」
私は「ほんとですね」とか、「確かに下腹が出てますね」とか、ただ言葉を繰り返すことしかできなかった気がします。
でもとにかく、そのダミーは黒一色なのに色があふれているようなエネルギーがあり、そして私は、最後のお月さんと大地と、みみずのオッサンのシーンがとても好きになったのでした。
この絵本は本文も手描きだったため、私はほとんどそのまま、ご原画を印刷会社に入稿すればいいだけでした。

――ご自身の中で一番思い入れの深い、長新太さんの作品を教えてください。合わせて、理由もお聞かせください。

私が担当したのは『みみずのオッサン』だけですが、この絵本のダミーをお預かりした日、実は同時に、先輩編集者もある絵本の原画を受け取りました。
その作品が、『なんででんねん天満はん―天神祭』(作:今江祥智)です。長さんの絵を間近に見たのは、そのときがはじめてでした。はずむような朱色やピンクに、深い深い青や緑。にぎやかで臨場感あふれる場面と、悠久の時や空間を感じさせるしんとした場面……。
新しい絵が目にとびこんでくるたび、息をのみました。印刷されたものとは違う、原画そのものの迫力と美しさに圧倒されました。

私にとってこの2冊は、絵本づくりの瞬間瞬間に味わった感覚とともに、忘れられない作品です。

なんででんねん天満はん 天神祭 なんででんねん天満はん 天神祭」 作:今江 祥智
絵:長 新太
出版社:童心社

日本3大祭りの一つ大阪天神祭りの由来と熱気を気迫のこもった文章と絵で伝える華麗な絵巻絵本

――他社の本の中で、「実はこの本が好き…」という作品がありましたら、教えてください。合わせて、理由もお聞かせください。

ちへいせんのみえるところ』(ビリケン出版)が好きです。
どこまでも続く空と草原と、地平線。ページをめくるたび、草原からは思いもよらないものが出てきます。言葉は「でました。」のみ。
長さんはりっぱなお鼻と大きな前歯が印象的で、上にあがった眉の下の目は、ときにやさしく、ときに恐ろしく鋭く、人の目を捉えて離さない強さがありました。
どんな人に対してもいつも本気で、新人の私を何もわからない、つまらないやつだと適当にあしらうことなく、同じ絵本に関わる人間として真正面から向き合ってくださいました。どこまでも広く深く温かく……まるで長さんが描く地平線のようでした。そして、その地平線からは何が飛び出してくるかわからないので、私はいつもどきどきわくわくしていました。長さんのお人柄も作品も、目の前にいる人や絵本の読者に、自分からも何かおもしろいものが飛び出してくるのではないか、と思わせてくれる力があったように思います。
いつか私も、絵本に出てきた人や船のように、「でました。」と言える人間になりたいです。


序章 ナンセンスの王様 長新太さんってどんなひと?
1958年のデビューから2005年まで独自のナンセンス世界を生み出し続けてきた長新太さん。
長さんってどんなひと? 知りたい方はこちら>>


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