1986年に公開されたアメリカ映画「ザ・フライ」は
B級映画ながらいまだ根強いファンをもつカルト映画といっていい。
もともとは1958年公開のホラー映画「ハエ男の恐怖」で
人間が誤ってハエ男に変わるという、怖い作品なのだ。
ハエも怖いけれど、セミだってかなりグロテスクだ。
表紙のスーツにネクタイをしたセミ男の姿は
どうみてもかわいいとはいえない。
そのセミがニンゲンの世界の、高いビルの一角で
データ入力の仕事をして17年になるという。
欠勤もしないし、ミスもしない。
それでもニンゲンはセミに感謝もしないし、昇進もさせない。
ニンゲンの同僚はセミを馬鹿にするし、
会社にはセミ用のトイレもない。
しかも、セミには住む家もなくて、会社の隅っこで暮らすしかない。
そして、セミは17年めで定年を迎える。
オーストラリアの絵本作家ショーン・タンの『セミ』は
不思議な世界を描いた作品だ。
定年を迎えたセミは会社の屋上で脱皮して、
りっぱな羽をもった赤いセミになる。
空にはそんなセミがたくさん飛んでいる。
人間たちがニンゲンでないことで虐待することは
セミにかぎらず今やたくさんの事例が証明している。
ニンゲンとは自分とは同じものではないということ。
人種であったり国であったり性別であったり言語であったり。
私たちはたくさんのセミをこしらえていないだろうか。
いつかそんなセミたちが復讐してこないとも限らない。
岸本佐知子さんの訳がいい。