NHK大河ドラマ「功名が辻」の題字など、現代書家として第一線で活躍されている、だんきょうこさん。『かんさい絵ことば辞典』(パイインターナショナル)など、独特な感性で作品を発表している人気イラストレーターのニシワキタダシさん。それぞれ異なるジャンルで活躍するお二人が一緒に絵本を作ったら、まったく新しい「字本」『おのまとぺの本』が誕生しました。「字本って何?」と思っている方も、このインタビューを読めばきっと納得! 随所にこだわりが詰まったこの本のファンになることでしょう。
今回は、だんきょうこさんとニシワキタダシさん。そして、『おのまとぺの本』制作チームの、市川千恵さん、久下裕二さん、鈴木久恵さん、高陵社書店の高田信夫さんにおはなしをうかがいました。
2才からの日本語エンターテイメント! お父さん、お母さんへ 周りの絵本と比べ、なんだかちょっと静かですよね。 おとなしい色使いは、その分にぎやかに想像してほしいから。 おのまとぺとは、擬音語・擬態語のこと。 この本は、おのまとぺを想像して楽しむ本です。 日本語はおのまとぺの豊かさで知られ、 「げらげら」や「えんえん」など、 そのユニークな響きは、たちまち幼い心を明るくはずませるチカラがあります。 まるでふしぎな手触りのおもちゃみたいに。 長く愛される一冊になればと、糸かがりで綴じることにしました。 お子さまと一緒に、どうか言葉で遊んでほしいと思います。 そして、その楽しさを感じてもらえますように。 もぐもぐ、きょろきょろ、のっしのっし さて、これってなんの音? 擬態語ってふしぎな手触りのおもちゃみたい。
●今までなかった!「字本」が誕生しました。
───真っ白なページに、筆で書かれた文字だけのページと、絵のページが交互に表れる『おのまとぺの本』。とてもシンプルでデザイン性の高いこの本は「絵本」ではなく「字本」ということですが、この「字本」という発想はどのように生まれたのですか?
だん:「字本」とは、私が長年、書家として書と携わってきた中で、思いついたものです。絵で表現された本が「絵本」なら、字で表現された本は「字本」だろうと……。そういう本を作りたいとある講演会でおはなししました。そうしたらお客様の中に、高陵社書店の高田さんがいらして、「うちで『字本』を作りましょう!」と言ってくださったんです。
───高田さんは、だんさんの講演会で「字本」のことを聞いたとき、どう思いましたか?
高田:面白いものができるに違いない! とピンときました。ただ、そのときは「字本」でどういう作品ができるか、まったくイメージはありませんでした。なので後日、改めてだんさんの仕事場に伺い、だんさんの書を見せていただきました。
だん:私自身、「字本」を作りたいという思いだけで発言しておりましたので、実際にどういう本にしたいかまでは考えておりませんでした。ただ、高田さんにお会いして、本にしてくださる熱意を感じ、早速、以前一緒に仕事をしたお仲間と動き出すことになったのです。
───その仲間が、今回の制作チームの方々なのですね。
高田:そうです。久下さんはこの本の企画構成を担当してくれました。市川さんはデザイナーとして、本の装丁やデザインに携わっています。鈴木さんは印刷会社など対外的な窓口として全体的なプロデューサーをしてくれました。
だん:それぞれが個別に動くのではなく、制作チームで打ち合わせを行い、企画を出し合ったり、内容を精査したりして進めていったのです。
───「字本」というコンセプトから、具体的にオノマトペをテーマにするということは、どのようにして決まったのですか?
市川:まずはじめに、対象年齢を決めました。ちょうど私に3歳の子どもがいて、だんさんもお孫さんが生まれたばかりだったので、自然と小さい子を対象にしたものを作ろうとまとまりました。その後、どんな内容にするか話し合っていく中で、オノマトペの本という案が出たんです。
久下:当初、オノマトペ以外にも、いろいろなアイディアが出ました。例えば、「あいうえお」の本や、文字とグラフィカルな絵でおはなしが進行していく昔話など……。実現できそうなアイディアもいくつかあったのですが、やはりだんさんの書を生かすなら、オノマトペが良いと話し合って決まりました。
───オノマトペは、「ワンワン」や「ニャーニャー」、「ジャアジャア」「ビリビリ」など、たくさん種類がありますよね。それを、書で表現するというのは、とても斬新だと思いました。
だん:オノマトペを使った「字本」を作ると決まったとき、私自身は特に難しいという印象はありませんでした。オノマトペは、ひらがなで書けるでしょう。ひらがなは日本発の文字で、「字本」のはじまりにふさわしいと感じましたし、オノマトペの文字も絵のように表現できたらと思って、ワクワクしました。
久下:「字本」というまだ誰も見たことのない本を作るというコンセプトと、日本語独自の表現、そして、だんさんのみずみずしく表現豊かな書。それらをひとつにまとめるには、オノマトペが最も適していると思ったんです。
市川:小さい子がはじめて発音する言葉はオノマトペなんですよね。うちの子も、「マンマ」や「ブーブー」をよく声に出していました。子どもたちにもなじみ深い言葉であるオノマトペで本を作ったら、小さいお子さんも楽しめるんじゃないかというのも、オノマトペがテーマに決まった理由のひとつです。
───テーマが決まったあとは、すぐに制作に入られたのですか?
高田:いいえ。まず、どんなオノマトペがあるか、みんなで挙げていき、そこからひとつのストーリーになるように、選別していきました。
久下:いろいろなオノマトペがばらばらと出てきては、ストーリーになりませんから、赤ちゃんが目覚めてから眠るまで、一日の日常を追えるような流れを作りました。
───「わらってる」ではじまって、「たべてる」「みてる」「あるいている」と続いて、最後に「ねてる」で終わるのが、とても自然で心地よい流れだと思いました。冒頭に「この本のあそびかた」が載っていますが、質問に答える形式なのも、読者が参加できて盛り上がりますよね。
久下:ありがとうございます。こういう説明は普通の絵本ではあまり見られないので、最初は「余計なことかな…」とも思いました。でも、「字本」を楽しんでもらうひとつの方法としてお知らせしておこうと載せることにしました。
───最後のページに「ちょっとむつかしい この本のあそびかた」が出てくるのも、工夫が凝らされていると思いました。
久下:前のページの「この本のあそびかた」は易しいバージョンで、後ろのページが難易度の高いものです。難易度を変えた遊び方があると、一冊で長く遊んでもらえるのではないかと思い、考えました。
市川:でも、お子さんは、ルール通りには遊ばないと思います。自分なりの遊び方を見つけて、何度も楽しんでもらえる本になったら嬉しいです。
───「わらってる」「たべてる」など、ひとつの動作に5個以上のオノマトペが登場します。「げらげら」は太く、動きがあって、「ころころ」は細い線で転がっているように描かれていて、それぞれとても個性がありますね。書は一回で書いたのですか?
だん:書をすぐにイメージできて、一回で書けたのもありますが、なんども書き直して、紙の山を作った字もたくさんあります。
───特に難しかった文字はありますか?
だん:「くすくす」など、細く書いた文字は、強弱や濃淡を出すのに苦労して、何度も書き直しました。私は書家なので、あまりデザイン的すぎる文字を書くのは良しとしていません。それでも、ページを見たときに、言葉の意味を文字で感じてもらうために、デザイン性のある書としてぎりぎりのラインで表現していきました。
───文字によって、筆を変えたり、墨を変えているようにも感じました。
だん:そうですね。道具を変えることで印象がガラリと変わることも書の魅力。同じ紙でも墨や筆を変えるだけで、異なるかすれやにじみが出ます。文字の意味や印象を考えて、道具を変えたり、書き方を工夫したり、今まで私が書いてきた書のスタイルを踏襲しながら、新しい書き方にもチャレンジしました。