●本屋さんって素敵なんじゃないかしら?
金柿:次は、「本にまつわる仕事」から、本と言えば書店員さんは外せないですよね。
ヨシタケ:ぼくが本屋さんって良いな、書店員さんって良いなと思うきっかけとなった出来事があるのですが、ぼくは40歳のときに初めて絵本を描かせていただきました。そのとき、出版社の営業の方から、「ヨシタケさん、絵本ってそうそう売れないからね。あまり期待しないでくださいね」と言われたんです。多分その方は、親切心から言ってくださったのですが、ぼくも30歳のころにイラスト集を発売していて、それが全然売れなかったという経験があったので、「大丈夫です。覚悟はできています」と答えていました。でも、いざ発売してみると、本屋の結構目立つ位置に置いていただけることが多かったんですね。ふしぎに思った営業の人が、書店員さんに理由を聞いたそうなんです。すると書店員さんの多くが「私、ヨシタケさんのこと、知っていたんです。最初のイラスト集を、持っていたんですよ」と。
金柿:おーーー。すごく良い話ですね。
ヨシタケ: 30歳で出したイラスト集は、全然売れませんでした。でも、その本を手に取ってくれた人の中に、書店員という仕事に進まれた人が多かったんだということを知りました。そういうこともあって、ぼくは書店員さんにとても恩義を感じているんです。
金柿:ぼくら読者にとっても、なくなってはいけない大事な場所のひとつですよね。そんな本屋さんを使った新たなイベントの活用も『あるかしら書店』では提案されています。その中のひとつ、「書店婚」はとても面白い試みだと思いました。
ヨシタケ:絵本を出版させていただく中で、全国の本屋さんへ営業やイベントに呼んでいただくことがあります。そんなとき、ある書店員さんが「本屋が生き残るためには、もっといろいろなイベントを開催した方が良い」とおっしゃっていたんです。それがとても印象的で、本屋さんで、できそうでできないイベントって何だろう……と考えました。
金柿:ぼくが気に入っているのは、親族の挨拶の間、好きな本を読めるというところですね。
ヨシタケ:良いですよね。「書店婚」一番の醍醐味だと思います。
金柿:ひとつひとつのエピソードどれにも、ヨシタケさんの本に対する思いや考えがうかがえて、とても面白いです。このままずっと聞いていたいのですが、会場の時間もありますので、グーッと先に進んで「大ヒットしてほしかった本」。10ページにわたる長編ですね。
ヨシタケ:これは「ダ・ヴィンチ」で一度掲載したものを、新たに加筆修正して、掲載しています。先程お話した、ぼくのイラスト集もそうですが、どんなマニアックな本でも、作っているときは「ひょっとしたら売れちゃうかもよ……」と思って作っているはずなんですよ。そういう意味では、今世の中に出回っている本は「大ヒットした本」と「大ヒットしてほしかった本」の二種類に分けられるかもしれません。
金柿:そういう、本を作る人たちの「大ヒットするかもしれない……」「大ヒットしてくれれば……」という、本音が生まれた瞬間を、本から聞くことができる書店員さんの話ですね。
ヨシタケ:自分が本を作る側の人間になったとき、「売れなくても、良い本ができればいいんだ」という建て前と、「大ヒットしてほしい」という本音が、痛いほど分かるようになったんです。ぼくもイラスト集を出版して、全然売れなかったとき、企画を持ちかけてくれた編集者さんとか、印刷してくれた会社の人とか、本を売り歩いてくれた営業の人とか、置いてくれた書店員さんに対して、非常に申し訳ない気持ちになりましたから。でも、やっぱり、本を作るからには誰かに「面白い」と言ってほしい、共感してほしい、あわよくば、Twitterとかで拡散されて、注目されたい! ……あ、この会場にいる皆さんに頼んでいるわけではありませんよ。
一同:笑い。
ヨシタケ:そういう、制作者側の欲が出る瞬間をみんなで面白がってしまおう、うまくいかない出版という世界を共感しようという思いで描いたのがこの「大ヒットしてほしかった本」ですね。
金柿:そして、最後にスーツ姿の男性がやってきて、「『必ず大ヒットする本のつくりかた』みたいな本ってあるかしら?!」とたずねます。そのときの店長さんの言葉と表情が、良いですよね。
ヨシタケ:このラストは、割と早い段階から決めていました。やっぱり、本というのはこれからもまだまだ出版され続けるわけで、もしかしたら、このインタビューを読んでいる皆さんがそれを生み出すかもしれない。これから5年後、10年後、100年後の未来への希望を残したいと思ったんです。
金柿:なるほど。駆け足で紹介させていただきましたが、ヨシタケさんの本に対する思いが、ぎゅっと詰まった作品だということを改めて確認できました。
ヨシタケ:ぼくはやっぱり、本がすごく好きなので、この連載は毎回、本のことを深く考えることができるのが楽しくて、非常にやりがいのあるお仕事でした。それが、今回『あるかしら書店』として、一冊にまとまって、みなさんに読んでいただくことができるのは、ぼく自身が一番うれしいですね。
金柿:ぼくも今日、こんな楽しい機会をいただけて、とても嬉しかったです。これからも、ヨシタケシンスケさんを応援していきたいと思います。ありがとうございました。
●動画を公開しました。
取材・文/木村春子
撮影/所靖子