表紙から、こちらをじっと見つめる白いネコ。「クンクーシュ」は、ある日、難民となった飼い主家族と共にふるさとの国を離れ、その途中はぐれて迷子になってしまいました。けれども、たくさんの人の力を借りて、クンクーシュは遠く離れた家族と奇跡的に再会することができました。これは、ほんとうにあった物語。あたりまえの生活を送っていた家族が、紛争によって着の身着のまま、ふるさとから逃げなければならなくなる。日本の子どもたちにとっては、なかなか想像しにくいことかもしれません。けれども大切なネコを見失ってしまったら……? これは、とても身近にイメージできるのではないでしょうか。家族とは? 難民とは? 国際支援とは? クンクーシュの物語をきっかけに、子どもたちは、きっとたくさんのことを感じ、考えるはずです。
絵本『難民になったねこクンクーシュ』について翻訳者の中井はるのさん、編集者の三輪ほう子さんへお話を伺いました。日本の子どもたちに届けるためのたくさんのこだわりや、実際にクンクーシュを助けたボランティアの方とのエピソード、彼らの新たな活動の紹介など、お話しくださいました。
クンクーシュ 5000キロの旅 難民家族とはぐれた猫がボランティアの力で再会を果たすドキュメンタリー。子どもに親しみやすい猫を通じ難民問題を心で感じる絵本。 あなたは、「難民」をしっていますか? 紛争などのために、着のみ着のままで、ふるさとの国から逃げ出さなくてはならないおかあさんと子どもたちの姿を想像してみてください。そして、もし、そのとちゅうで、かわいがっていたねこを見失ってしまったとしたら・・・。 それが、この絵本の、ほんとうにあった難民の家族とねこの物語です。 そのねこは、飼い主家族とはぐれ、ひとりぼっちになってしまいました。でも、幸運なことに、心やさしく行動力あふれる人たちに助けられ、5000キロもの旅をし、ついに、飼い主家族と奇跡的に再会することができたのです。 難民とは?家族とは?国際支援とは? 1ぴきのねこがつないだ出会いから、あなたは、どのように感じ、考えるでしょうか?
●0から事実を確認して進めました。
───白いネコの存在感がある、とても印象的な表紙ですね。本当にあった出来事がもとになっているということですが、翻訳された中井さんは、もともとこのおはなしをご存知だったのでしょうか?
中井: 私がはじめにこの物語を知ったのは、テレビ番組の仕事でした。番組での翻訳を依頼されてストーリーを知り、すっかり心をうばわれました。ネコの写真を見て、かわいくてかわいくて……。ボランティアの方の行動力で、はぐれてしまったネコを飼い主に届けてあげたということに、純粋に「すごい!」と驚きました。善意がハッピーエンドに繋がった、とても素敵な話だと印象に残っていました。
翻訳者・中井はるのさん
───家族の方が、イラクからトルコ、ギリシャ、ノルウェーへと移動していたことを考えると、本当に奇跡のような話ですね。
中井: その後1年半くらい経ってから、この物語を扱った絵本が日本で出版されると耳にしたんです。
聞いた瞬間、絶対翻訳したいと思いました。おはなしも全部わかっていましたし、私自身ネコを飼っているので、ネコに対する思い入れも強いんです(笑)。その後、かもがわ出版さんから出版されると知って、翻訳を立候補しました。
───かもがわ出版さんが、この絵本の日本版を出版することになった経緯を教えていただけますか?
かもがわ出版・三輪: かもがわ出版は普段は社会問題を扱った人文系の書籍の出版が多く、保育や教育書の他、児童書は一部でした。絵本、特に翻訳の絵本は扱ってきていなかったのですが、社内で学校図書館に納品できるような翻訳絵本を出版しようという声が上がり、エージェントの方に、適した絵本を探していただいていたんです。そのなかで出会った一冊が、アメリカで出版されていた絵本「クンクーシュ(原題:Kunkush・ The True Story of a Refugee Cat)」でした。
かもがわ出版編集者・三輪ほう子さん
───日本版出版の決め手は何だっだのですか?
三輪: 今の世界で話題になっている、社会的なテーマを持った絵本を探していたのですが、候補に挙がった絵本のなかで、何よりこの絵本の絵に惹かれました。日本の子どもたちにも馴染みやすいと感じる絵だったことが一番の決め手になったと思います。
翻訳については、中井さんが手を挙げてくださったと聞いて、人気作をたくさん手がけている大変ご活躍の方ですから、とても心強く、ぜひとお願いすることになりました。
中井: 三輪さん、帰り道に私の手をぎゅっとにぎってくれて嬉しかったです。
───翻訳が決まってから、中井さんは翻訳作業をどのように進めていったのでしょうか?
中井: まずは原文に沿って翻訳していったのですが、いまひとつしっくりこなかった。クンクーシュに関わったボランティアの方たちのFacebookのページを調べるうちに、事実を直接本人たちに確認したいという思いが生まれてきました。0からもう1度、聞くべきことがあるなと。
それからそのボランティアの方たちへ連絡をとり、絵本に書かれている日付に間違いがないかということから、クンクーシュの見た目のことまで、いろんなことを聞きました。
───確認したことで、原文と違ったこともありましたか?
中井: 原書ももちろん調べて書かれているのですが、関わった方が書いているわけではないので、全てを疑ってかかる気持ちで臨みました。やはりボランティアの方に確認したことでわかったことがいろいろありましたね。ボランティアの方とクンクーシュの出会いなど、本当は絵本と出来事が前後していたということもありました。絵本では、ボランティアの女性が車でクンクーシュに缶詰をあげた話が先に描かれていますが、本当は、カフェでクンクーシュがボランティアの方のところにピョンとのってきて、助けを求めてきたほうが、はじめの出来事だったそうです。おはなしの展開や絵の部分での細かい違いは直すことができませんが、正確な日付や移動距離など、文章で直せるものは全部修正しました。
───ご本人からその場でのことを聞くと、本当にあったことなんだと、さらに実感がわきますね。
絵本に登場するボランティアの方の中で、はじめにクンクーシュを見つけたアシュリーさんと、現地でクンクーシュの飼い主を探したエイミーさん、アメリカからSNSを使って世界規模で飼い主を探す手助けをしたミッシェルさんの3人はもともとお友達同士だったんですね。
───このおはなしは、SNSが活躍しているのが現代的です。
中井: SNSって、良いことにも使えるし、ちょっと悪意のある人だったらいくらでも悪いことに使えてしまいますよね。今回のことは、すごく良い実例で、インターネット、SNSがなければ、こんなことは不可能だったと思います。
───3人は、絵本が日本で出版されることについて、どんな反応でしたか?
中井: すごく喜んでいて、「なんでも質問に答えるから細かいことでも遠慮なく聞いて!」と、言ってくれていました。その通り、本当にちょっとした疑問にもすぐに返事をくれました。来日する前から頻繁に連絡を取っていたので、初めて会う頃には、すでに良い友達になっていて(笑)。私にとっても、すごく良い出会いになりました。何よりメールのやりとりで終わってしまったかもしれない人たちに会えて、「あなたたち、すごいことやったわね!」と直接言えたのが、とても嬉しかったです。
2018年5月 来日したエイミーさんと中井さん
2018年4月 来日したミッシェルさんと中井さん
※写真にたくさん写っているかわいいぬいぐるみは、いったい何でしょう?次のページで伺います。>>