うちもなければ親もいない。ゴミバケツの残飯を食べ、捨てられた車の中で眠り、誰も欲しがらないマッチを売って暮らす。そんな女の子、アルメット。クリスマスが来ても着飾った人やプレゼントを買い込む人はアルメットに目もくれず、お腹が空いてお菓子のショーウインドウの中を覗き込むと追い払われて……。なんてかわいそうなアルメット。
いったい「マッチ売りの少女」のようなこのおはなしはどうなるのかしらと思いながら読んでいると、次第に不思議な方向へ。倒れそうなアルメットが強く願ったものが、突然、激しい嵐、稲光や雷、どしゃ降りの雨とともに降ってきたのです。途方もなく大きなケーキ、七面鳥、毛布、ありとあらゆるものが狂ったように大地の上に降り注いで……!?
『すてきな三にんぐみ』(偕成社)でよく知られるトミー・ウンゲラーによる、シニカルでブラック・ユーモアの香りのする絵本。
降ってきたものを分け合おうとするアルメットの提案が伝わり、人目を避けて隠れていた、体の悪い人や仕事のない人、はらぺこで寒さに震える人たちが街に姿を現します。権力者は不名誉な状況だと怒り演説しますが、分配は止まらず、参加する人、手を差し伸べる人はどんどん増えます。
青白い、ひとりの女の子アルメットが強く願ったもののおはなしは、私たちに見て見ぬふりをしているこの世界のこと、貧困や飢餓を想像させます。谷川俊太郎さんが訳した、公平で平易な言葉から伝わってくるのは、トミー・ウンゲラー流の厳しくも少しの微笑みと希望がわずかにある世界。後ろ見返しに描かれたマッチにアルメットの名前「ALLUMETTES」がありますが、それはもしかして「all you mettes」、「あなたが出会ったすべて」なのでしょうか。確かに本書の中には、物欲も不幸も、権力もそして希望も労働も……すべてあるかもしれません。
日本でかつて1982年刊行され品切れになっていた作品の、待望の復刊です。今の時代にもまったく古びないテーマ。手にとってどうぞご覧ください。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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