現代美術家原高史が描く文字のない絵本。本書にはそもそもストーリーはない。階段、少女、蝋燭、ほうき、このわずか4つのモチーフが織りなす、切り取られた一場面。読者は遠くからこっそりとこの少女を覗くことになる。そのなかで、決して描かれない少女の表情を想像し、その先にある感情に思いを巡らせる。
少女の頭上には小さな蝋燭に炎が灯っている。炎はゆらゆらと揺らぎ、その方向は空気の流れを示す。これは、少女と階段で描かれた空間を具体的に想像する際に、読者に与えられた唯一のヒント、またはセンサーとして大きな意味がある。自分の思いを少女に投影し、自分だけの少女像を思い描きながら読みすすめ、最後のページをめくる頃には、読者が覗き見していた少女はいつの間にか自分自身になっていることに気づく。この絵本は、読者がストーリーテラーであり、ときに自分を映し出す鏡にもなりえる。その時々でまったく異なる少女像を自ら描きだすことで、自分という他人、他人という自分に出会う。このひっそりとした体験は、まさに大人の絵本の醍醐味といえる。
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