「北極」と聞いて何が思い浮かぶだろうか。氷に閉ざされた海、ホッキョクグマ、オーロラ、犬ぞりでの冒険――。実は今、北極はロマンあふれる未知の海といったイメージで語れる場所ではなくなり、その容貌を急速に変えつつある。地球温暖化、安全保障、資源開発など、さまざまな面で注目される最前線なのだ。
北極圏では地球平均の4倍の速さで温暖化が進み、2030年代には夏季に海氷が完全に消失してしまうと予想されている。凍土がぬかるみ、移住を迫られる先住民も出始めた。北極は南極とともに地球を冷やすラジエーターであり、その温暖化がもたらす影響は北極圏に限られない。最近の研究では、中緯度地域の猛暑や豪雨、豪雪などの異常気象に、北極の温暖化が関係していることが分かってきた。
北極圏は、大陸間弾道弾が上空を脅かす恐れのある安全保障上の要衝であるとともに、石油やLNG、レアアースなど資源の宝庫でもある。温暖化で海氷が減少し凍土が解けだすことを見越して、大国間の覇権争いが幕を開けた。
ロシアのウクライナ侵攻により、フィンランドとスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)に加盟した。NATOに加盟する北極沿岸諸国に対し、ロシアは「極地強国」を目指す中国などと手を組んで対抗する。北極は今、真っ二つに分断されている。
25年1月に発足した第2次トランプ米政権は、デンマーク領グリーンランド領有の野心を隠さない。ロシアに歩み寄る一方、欧州の同盟国批判を強めている。米国と欧州の亀裂が深まれば、北極を巡る勢力争いがさらに混沌とすることが予想される。
海氷の消失とともに、北極海を通る新航路の利用や、欧州と日本をつなぐ海底光通信ケーブルの敷設、石油や天然ガスなどの採掘が現実味を帯びてきた。北極圏諸国だけでなく、中国やインド、南米、中東諸国も、北極に進出し始めている。
日本も北極が秘める可能性に注目し、砕氷機能を持つ初の北極域研究船を建造中だ。26年完成予定の同船は「みらいU」と命名された。調査研究を通じて、北極での日本の国際的地位を高めることが期待されている。
北極を知れば、地球の未来が見える。そうした観点から、時事通信社は2024年、激変する北極の現状を取材した。取材班は政治、経済、科学、外交、安全保障、水産各分野の専門記者で構成。取材先は北極圏のほかインド、日本国内にわたり、現地住民、政治家、企業、漁業関係者らに話を聞いた。取材結果は、同年8月から10月にかけて、連載企画「66°33′N =北極が教えるみらい=」として配信した。本書は、この連載に大幅な加筆を施し、その後の情報をアップデートしたものだ。
取材班代表の出井亮太記者は、自身が担当した記事により、「過熱する覇権争いや資源争奪戦、さらに地球温暖化の問題を詳述した」として、ボーン上田記念国際記者賞を受賞した。
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