みなさんには何か、癖はありますか? くしゃみが大きい? 眠っているときにいびきをかく? この絵本に登場するお姫様は、とても困った癖が4つもあるんです。そのせいで王子様から結婚の申し込みをしてもらえないのだそう。そんなお姫様が主人公の絵本『ヒックゴロゴロはっくしょんひめ』(らんか社)。翻訳を担当したふしみみさをさんにインタビューを行いました。ふしみさんといえば『うんちっち』(あすなろ書房)や「ハムスターのビリー」シリーズ(文研出版)など、インパクトのある面白い海外絵本を日本の読者に紹介してくれることでも有名な翻訳家。今回はどんなおはなしを伺えるのでしょうか?
●ベルギーから、ちょっと変わったお姫様絵本が届きました。
───絵本ナビでも今まで何度かインタビューをさせていただいている、ふしみみさをさん。今回はとてもかわいいお姫様が表紙の絵本ですね。でも、タイトルがちょっと変?
『ヒックゴロゴロはっくしょんひめ』。音からイメージされる通り、この絵本に出てくるお姫様は、恥ずかしくなるとくしゃみが出て、胸がドキドキするとお腹が鳴って、嬉しくなるとしゃっくりが止まらなくなり、悲しくなると鼻をぐすんぐすんとすする。4つの癖を持つ女の子なんです。
───なんだかとっても大変そうな癖ですね(笑)。この絵本はどのような経緯で、翻訳をすることになったのですか?
この本は出版社の編集者さんから依頼を受けて、翻訳することが決まりました。私自身はグデュルさんもマルジョラン・ポティさんもこの仕事を受けるまで知らなかったんです。
編集者: この絵本はベルギーにあるミジェードという出版社から2009年に出版されました。私どもと、ミジェードは以前から親しくさせてもらっていまして、割と早い段階で、日本で翻訳しないかと声をかけてもらったんです。ただ、そのときにはいい翻訳家の方が思い浮かばず、長く寝かせておくこととなりました。今回、ふしみさんにお願いすることができ、とてもいい形で日本の子どもたちに紹介することができたと思います。
───はじめてこの絵本を読んだとき、どう思いましたか?
まず、楽しい本だなと思いました。くしゃみやお腹のなる音など、擬音語が多いので、訳すなら、音の楽しさ、リズム感が表現できるような形にしたら面白いだろうなと思いました。
───原書のときから、この音のデザインは入っていたのですか?
入っていました。でも日本語版よりもかなり控えめでした。なので、「思い切って、もっと大きくしましょう!」と提案したんです。
───くしゃみの場面など、たしかに今のほうがインパクトがあって、王子様のマントや羽がはためくくらい大きい音だという感じが出ていると思いました。でも、どうして、デザインで大きくしたいと思ったんですか?
私は翻訳をするとき、その作品の一番の持ち味を伸ばしたいと思っているんです。この絵本は、音の面白さにくわえ、とんでもなく大きなしゃみやおならといった、はちゃめちゃな雰囲気に魅力があるので、くしゃみの音や、お腹の鳴る音などマイナス要素を控えめに表現するのではなく、あえて目立たせたほうが良いと思ったんです。
───まさに、その方法が功を奏しているように思いました。かなり思い切った決断だったのではないですか?
そうでもないですよ。本にはそれぞれ、「生かすべき個性」があって、それをいい形で目立たせると、さらに本がよくなります。『ヒックゴロゴロはっくしょんひめ』の場合は、こじんまりおさめるのではなく、よりはじけてしまったほうがおもしろいと思いました。だから「2つの訳文で迷ったときは、より下品な方を採用する」ことにしたんです。
───「下品なほう」、それはとても潔い決断ですね。
例えば、『トラのじゅうたんになりたかったトラ』の翻訳をしたときは、トラなのに、年をとって、よれよれになった情けない姿が印象的だったんですね。なので、翻訳するとき、トラがより情けなくなるような文章を選びました。『ヒックゴロゴロはっくしょんひめ』も、しゃっくりや、お腹の鳴る音、くしゃみなど、一般的に「お行儀が悪い音」を使っている絵本なので、そこは素直に出して、どんどんやったほうが生き生きした絵本になると思ったんです。
───特に文字を大きくする部分でこだわったページはどこですか?
どのページもそうなのですが、ひとつはお姫様の結婚相手を選ぶ舞踏会で王子様と踊っている場面。胸がドキドキしているお姫様は「ゴロゴロ」とお腹が鳴ってしまうのですが、この「ゴロゴロ」という音は、ワルツを踊っているようにリズミカルに配置してもらうようにお願いしました。
───ダンスをしているお姫様の周りに文字が躍っているのも特徴ですね。
そのお腹の音のせいで、お姫様が王子様からブーイングを受ける場面。これも、原書では控えめなデザインだったのですが、「ページの端から端まで、ブーイングが響いているようにデザインしてください」とお願いしました。
───「ガヤガヤガヤプリプリプリプンプンプン……」と文字からも王子様が怒っている様子が伝わってきますね。この文字はデザイナーさんがデザインしたのですか?
そうです。日本語版のデザインを担当してくださったオーノリュウスケさんが、文字も描いてくれました。最初はちょっと控えめだったのですが、私が「もっと大きく、思い切ってやってください!」とお願いしたら、すごく乗ってくださって。この文字も、いろいろな画材を使って、太さや大きさを変えながら、何度も試してくれたんです。
───だからこんなに、おはなしのイメージとぴったり合った、描き文字になっているんですね。こんな風に原書から大きくデザインを変える絵本は多いのですか?
作品によると思います。そういう意味では、私は翻訳家というよりもプロデューサーのような気持ちなんだと思います。訳した絵本を一番、楽しんでもらえる形で日本の皆さんに見てもらうために、絵本を見て感じたことはなるべくお伝えして、編集者さんやデザイナーさんと一緒に考えるようにしています。
───そうやって試行錯誤を繰り返しながら一冊の作品を作っていくところは、海外の翻訳絵本も日本の絵本も変わらないんですね。翻訳の作業でこだわった部分はありますか?
まずこの絵本は、翻訳するのが難しかったですね。おはなしはとてもシンプルでストレートなのですが、文章にすこし説明的な部分があったんです。それをどう補って、より面白さが伝わるようにするかというところと、先ほどもおはなしした、音のリズム感。これを日本語の特徴でもあるオノマトペを使ってどう表現するかを悩みました。
───オノマトペの表現とは?
オノマトペって、決まった表現があるようでいて、自由に新しい音を作ることができる、とても選択の幅のある表現だと思うんです。くしゃみの音を「クシュン」にするか「ハクション」にするかでも、印象は代わりますよね。その部分はかなり考えて、選びました。
───おはなしを伺っていると、オノマトペを音としてだけではなく、目からも感じてもらえるように考えられているように思います。
そうですね。オノマトペの表現を手描きにしてもらったときから、これは文字としてだけではなく、絵としても見えるように、五感で感じられるようにしたいと思いました。