●『ぐりとぐら』も『いやいやえん』も、みんなみどり保育園から生まれたの。
───本の中で中川さんは「あの保育園に勤めなかったら、私は『いやいやえん』を書かなかったということです。『ぐりとぐら』シリーズも『ももいろのきりん』も生まれなかったことでしょう。」と書いていますが、これにはすごく衝撃を受けました。「子どもはみんな問題児」くらいの方が自然でいい、と思われる原点もこのみどり保育園にあるんですよね。
私は東京都立高等保母学院を卒業してすぐ、世田谷区にある無認可園「みどり保育園」の主任保母になりました。園長の天谷保子先生が立ち上げたばかりの保育園で、私はそこの最初の主任保母さんだったの。みどり保育園に勤めることが決まったとき、天谷先生から「お掃除なんかは何もしなくていいから、子どもたちが全員出席するようにしてください」と言われたの。でも、みどり保育園は今の駒沢公園のある41万3600平方メートルの原っぱの隅っこに建っていて、つまらなければ子どもたちはすぐに原っぱに行ってしまえるような環境だった。だから、私は原っぱにない面白い事をしなくちゃって。いぬいとみこさんから岩波の子どもの本を教えてもらって、一揃い買っておはなしを読んだの。その中で人気だったのが『ちびくろさんぼ』だったのよ。
───本の中には、あまりの熱狂ぶりに、天谷先生がお家からホットケーキの材料を一式持ってきて、みどり保育園の子どもたちにホットケーキを焼いてごちそうしたというエピソードも紹介されていますね。
そう。ちびくろさんぼのように169枚も食べることはできなくて、みんなちょこっとだったの。それでも、子どもたちは大喜び。そんな姿を見ていたら、「なにがトラのバターよ!(笑)」って思って、書いたのが『ぐりとぐら』。ホットケーキよりも美味しいカステラを子どもたちにお腹いっぱい食べさせたかったの。

───それで、ぐりとぐらが卵で作るのは、カステラなんですね!
『ぐりとぐら』の誕生にはもうひとつエピソードがあって、それがこの絵本。これが『ぐりとぐら』の名前の由来なのよ。
───この、白ネコと黒ネコの絵本ですか?

これはフランスの絵本なんだけど、保母時代、フランス語の先生のところから絵本を借りてきて、自分で紙芝居にして子どもたちに聴かせていたりしたのね。その中に出てくるはやし歌の歌詞が「Gri Grou Gra」なの。この歌が子どもたちは大好きで、紙芝居でもこの場面が来ると、一斉に「Gri Grou Gra」って歌ってくれるの。それで、おはなしの主人公の名前を考えていたとき、このはやし歌の歌詞をつけたの。
───『ぐりとぐら』誕生に、フランスの絵本が影響していたなんて! 今回は『子どもはみんな問題児。』を中心に、中川さんの保母時代のおはなし、絵本を子どもと一緒にどう楽しんだらいいかを伺えて、とても楽しかったです。最後に、絵本ナビのユーザーさんにメッセージを頂きたいのですが、中川さんから見て、今のお母さんたちは子育てに悩みを抱えていると感じることはありますか?

どうかしらね、昔から色んなお母さんがいますからね。のんきな人もいるし、神経質な人もいる。だからどの時代であっても、悩み方も内容も千差万別でしょう。でも、どんなお母さんでもいいのよ。ひとつでも得意なものがあれば、それで充分!子どもにとってはどんなお母さんでも大好きな人ですからね。17年間保育園に勤めて何がわかったかというと、子どもはお母さんが大好きということ。ですから私は、お母さんはどこまで知ってるかしら、こんなに子どもに愛されて幸せねと思っていました。
───中川さんのおはなしを伺うと、たしかに、子どもはお母さんの鏡だという気がしますね。
本当にそう。今回の本の中から、絵本ナビのお母さんにメッセージを贈るとしたら、もしも「うちの子、大丈夫かしら」と心配でも、お母さんががんばる必要はないのです。子どもは所有物ではありません。人として尊ばれ、社会の一員として重んじられ、良い環境で育てられればおのずとしっかりしていくものです。私は自分より上出来ならいいと思っていました。よその子と比べないで、自分と比べてください。自分よりできたら、それで満点、合格です……かしらね。

───とても心強いエールをありがとうございます。今回、すべてを紹介できませんでしたが、子育てに悩むお母さんへのメッセージがこの本の中にはたくさん出てきます。多くのお母さんたちに『子どもはみんな問題児。』を読んでほしいですね。
本を読んで、少しでも子育てに対するお母さんの悩みが軽くなったら、嬉しいわ。
●宮崎駿監督のコメント付き帯が登場します!


●編集後記

中川さんがお持ちの貴重な絵本(初版本!)も見せていただきました。
誰もが知っている『ぐりとぐら』を生み出した中川李枝子さんへの念願のインタビュー! ということで、かなり緊張の面持ちで取材に臨んだスタッフ一同。そんな私たちを、中川さんはとってもチャーミングな笑顔で向かえてくれました。仕事場に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、ずらっと並ぶ岩波少年文庫。「ここにあるのはほんの一部。蔵書のほとんどは本宅の方にあるのよ」と言っていましたが、名作が並ぶ本棚は圧巻でした。インタビュー中は中川さんがお子さんに読んだ絵本(なんと初版本!)もたくさん見せてくださり、その歴史を感じるたたずまいに、改めて長く愛され続ける絵本の力を感じた瞬間でした。

インタビュー・文: 木村春子(絵本ナビライター)