「――ぼくは しかくいまちにいっていた」
ひとりの男の子が「しかくいひと」と出会い、「しかくいまち」ですごした数日を描いた物語絵本です。
「しかくいひと」には「名前」がないけれど「かくさん」と呼びましょう。
四角い目、四角い鼻のかくさんは、朝起きると顔を洗い、窓をあけ、朝食をとり、部屋の掃除をして、庭の植物に水をあげます。
そして町に出かけます。
町には「しかくいひと」たちばかり。
彼らには口がありません。もちろん、かくさんにも。
「気持ち」もほとんどありませんでした。
悲しいとか、うれしいとか、楽しいとか、怒ってるとか……そういう気持ちがないのです。
いつも穏やかで静かで、平和でした。
その町の川へ、ひとりの男の子が流れつきます。
「……ぼく、たすかったんだね」
「きみはだれ? どうしてここにいるの?」
言葉を話す男の子と、何を言っているのかわからずに戸惑うかくさん。
かくさんは疲れて立ち去ろうとしますが、ひとりぼっちにされたくない男の子はかくさんの家についていき、ふたりの交流がはじまります。
全然ちがう者同士、一緒に過ごす中で芽生える、はじめての“何か”。
「自分にとってふつうのことが、相手にとってはふつうじゃない。
よくわからないけれど、おたがいにそのことはわかりました」
読んでいるわたしたちは、ふたりのあいだの戸惑いに耳をすますような気持ちでページをめくっていきます。
そして、いつしかかけがえのないものがふたりの間に流れはじめたことを感じます……。
『ぼくたちのリアル』で講談社児童文学新人賞、『ゆかいな床井くん』で2019年野間児童文芸賞を受賞するなど、注目される新しい児童文学の書き手の戸森しるこさんが、はじめて文を手がけた絵本。
『希望の牧場』や『悪い本』などさまざまな絵本を手がける吉田尚令さんが、静謐であたたかい、不思議な温度感の世界を描き出しています。
絵本としては文が長めで、小学校2、3年生くらいから大人まで、読む年齢や時期で物語の味わいも変わるかもしれません。
良質な短編小説のような、夢の記憶のような、映画のような……。
作品から伝わってくる、言葉にならないかけがえのない“何か”をそっと心の中にしまっておきたくなります。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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