年に一度の誕生日。誕生日には特別な食べ物を食べたいですよね。それは、ケーキ? ゼリー? アイスクリーム? いえいえ、この絵本に出てくるのは、もっと特別な「あれ」です。歌人の枡野浩一さんとイラストレーターの目黒雅也さんが手がけた絵本、『あれたべたい』には、そんな美味しい食べ物がいっぱい登場します。「あれ」とは一体何なのか? 「あれ」を探し求めるこの絵本はどのように生まれたのか? 作者の枡野浩一さんと目黒雅也さんにお話を伺いました。お二人が登場する、読み聞かせ動画もありますので、最後までお楽しみください。
───お二人とも、絵本を出版するのは『あれたべたい』が初めてだそうですが、そもそも、絵本を作ることになったきっかけを教えていただけますか?
目黒:それにはまず、ぼくと枡野さんとの出会いからおはなしする必要があります。ぼく達が出会ったのは、2年くらい前、共通の友人を介してでした。そのとき、枡野さんは「芸人」として、芸能活動をしていたのです。
枡野:ぼくは2年ほど芸人事務所に所属していたのですが、目黒さんの友人が一時期ぼくのコンビの相方だったんです。芸人活動中、その友人がデザインを手がけた目黒さんの画集に僕が寄稿することになって。そのあと目黒さんもまじえて3人で飲んだのが2年前の夏です。ぼくが芸人事務所を辞めて文筆活動に戻ったあと、高円寺フェスに呼んでいただいたんですが、短歌をTシャツに肉筆で書いて売ってほしいと言われて、自分の字が大嫌いだったので目黒さんに助けを求めました。ぼくは短歌を提供しただけで、絵も字も目黒さんがTシャツに描いてくれたんです。
※高円寺フェス……杉並区高円寺で毎年秋に開催されるイベント。
───以前から、お二人で制作をしていたのですね。
枡野:厳密に言えば高円寺フェスが最初だったんですが、その練習のように、短歌に合うイラストレーションを目黒さんがたくさん描いてくれました。その高円寺フェスお客さんとして、出版社の編集者さんがいらっしゃったんです。「お二人の絵本でも企画しませんか」と名刺をいただいたことがきっかけで、それまで具体的に考えたこともなかった絵本づくりが実現しました。編集者さんは高円寺フェスの最後のお客さんで、ぼくは絵も字も描いてないのにすっかり疲れて帰ろうとしていました(笑)。一歩まちがえたらこの出会いはなかったかも。
目黒:絵本の題材は、ぼくが出した自費出版画集『挿絵道』から、枡野さんが絵本になりそうなイラストレーションを選んで、おはなしを考えてくれました。
枡野:ぼくは、目黒さんの作品の中でも特に、昔ながらの喫茶店に人がたくさん集まっている絵が好きでした。編集者さんとの初めての打ち合わせの日、目黒さんの絵を勝手に切り貼りして、文章をつけて、絵本のラフのようなものを作って持って行ったんです。
目黒さんの自費出版画集『挿絵道』。
『あれたべたい』に出てくる喫茶店を彷彿とさせる絵もありました。
───最初の打ち合わせの段階で、すでに作りたい絵本の構成まで考えられていたんですね。
枡野:このチャンスを逃したら、絵本を出す話なんてめったに来ないと思っていましたから。先手必勝だったんです。結果的に、そのときのダミーは、ぼくがまだ絵本のことをあまり分かっていない状態で作ったので、見送りになりました。3人で打ち合わせをしていく中で、編集者さんから「枡野さんは結局、何に興味があるんですか?」と質問されたんです。ぼくは世の中の大半のものに興味がなくて、食いしん坊の目黒さんとちがって食べ物にも興味がないし、料理上手の目黒さんと違って自炊もしないんです。でも、唯一、絵本に出てくる「あれ」だけが大好物で。食べたくて自分でも作ったりしていました。それを伝えたとき、編集者さんの目がキラリと光って「じゃあ、それの絵本を作りましょう」と言ってくれたんです。それが、これです。
───『あれたべたい』の「あれ」は、枡野さんの好物なんですね。「あれ」を絵本に出すと決まってから、おはなしができるまでは、時間がかかりましたか?
枡野:いろいろなお店をめぐって、ばあばと食べた「あれ」を探すというストーリーは、最初の段階で決まっていました。目黒さんの絵の中で最も魅力的な喫茶店の絵を入れるという方針は、初めての打ち合わせで持参した最初のラフの段階から変えていません。それ以外のアイディアや、構図などは編集者さんにも次々と提案をいただいて、3人で絵本作りをしていきました。
目黒:絵と文章が別の絵本の場合、絵は画家さん、文章は作家さんと役割分担がされている場合がほとんどだと思います。でも、この絵本は、画家も作家も編集者も一緒になって、全部に意見を出していく感じでした。
枡野:絵本の言葉を書くことは、今まで短歌や小説を書いてきたのとはまた違った難しさがありました。編集者さんの期待を裏切りたくない……、目黒さんの絵の魅力を引き出したい……、自分自身も納得のいくものを作りたい……そんな思いが膨らみすぎて、新しい原稿が提出できなくなった時期もありました。新しい案を出せずにひと月くらい経ってしまったころ、目黒さんが夜中に、ある喫茶店に呼び出すんです。ぼくの好きな「あれ」を2人で一緒に食べながら、言葉ではなく態度で、強烈なプレッシャーをかけてくれました(笑)。
───まるで、編集者さんが2人いるみたいですね(笑)。
枡野:そうですね。編集者さんからは、子どもたちに伝わりづらい表現をチェックしてもらったり、とても細かいところまで、1文字レベルでアドバイスをいただきました。