「からすのパンやさんの続編が出た!しかも4冊も!!」と巷では大変な騒ぎです。
我が家の子どもたちも何度もくりかえし読んで大きくなりました。今ではパパになり、ママになり「わが子に」といいながら自分で嬉しそうに読んでいるのですから、大人だって続編が嬉しいのです。加古さんは自国の文化や特色をはっきり持った独創的な稀に見る創作姿勢を持たれた作家であり、市井の生活者としての目できちんと子どもたちに向き合っているこのシリーズの面白さは抜群です。
3・11大災害と原発事故は「いかに生きるか」を考えさせられていますが、いかなる時代が来ようと子どもが愛する大好きな絵本は少しも変わりません。子どもは本当に何が良いかを、見極める力をしっかりもっています。そして心から「人」と「人」として対等に向き合ってくれている人の作品がなにより一番大好き。子どもはそれがわかるのです。加古さんのこの創作精神は変わることなく貫かれてあり、「全人格、全身すべてで、どんな小さいことにもきちんと向き合ってくれている」という、喜びと信頼感に出会えるから、子どもたちは加古さんの作品を愛してやまないのです。そこから「生きる力」とはなにかを考えさせられます。これほどまで子どもに信頼され、愛されている作家はいない。すごい!
かこさとしさんは、典型的なマップラバーだと思います。マップラバーとは、この世界の成り立ちを鳥瞰的に捉え、それを整理し、端から端まで、最初から終わりまで、きちんと網羅し尽くしたい、という切実な気持ちです。一種のオタク性ともいえます。私もマップラバーなのでよくわかるのです。『からすのそばやさん』などはマップラバーマインド全開ですよね。
一度、かこさんのアトリエにお邪魔し、お話したことがあります。そこで、かこさんの『宇宙 ―そのひろがりをしろう―』の話題になりました。私は、1970年代のイームズの映像作品「パワーズ・オブ・テン」に見られるマップラバー的な傾向について、似ていますよね、という風に語りました。イームズ作品では、原子から銀河系まで、カメラが階層的にズームイン・ズームアウトして捉えていきます。すると、かこさんは胸を張っておっしゃいました。「いや、私の『宇宙』は、原子よりも小さいニュートリノのレベルまでいっています。」
かこさんは、おちゃめで、ちょっと勝ち気な、素敵なマップラバーです。
10年ほど前、ジョギングしていたときに、カラスに後ろから帽子をつかみ落とされたことがあります。スパイダーマンの絵の帽子だったので、クモとまちがえたのかもしれない、そんな洒落た受け流しもできず、それ以来、私はカラスには敵対心を抱いています。
カラスにマイナスのイメージを持つひとは多いと思います。かこさんは、なぜカラスの物語を描いたのだろう。40年ぶりの続編刊行となった4冊と、初刊を見直してみて、少しわかった気がしました。かこさんはカラスを通して、徹底的に「庶民」を描きたかったのではないか。
私は絵本を作るとき、自分に「美は細部に宿り、血は末端に通う」と言い聞かせています。世の中の面白いこと、うれしいこと、悲しいこと、全ては私たちの身の回りすぐ手の届くところにあふれています。それをひとつひとつ丁寧に拾い上げていくことで、生き生きとしたいいお話は生まれるのだと思います。
カラスは身近です。街に生きる姿に共感を覚えることもあります。いずみがもりのカラス達の個性的な面々、色かたち賑やかなお菓子、これでもかというほどの大量の麺類(!)からは、庶民の姿が生き生き伝わってきます。それこそが、40年経っても色あせない魅力なのだと思います。
私をはじめ、今の子育て世代は、仕事と家庭のバランスを含めて家族のあり方についてのよいお手本がなかなかなく、みんなが自分なりの家族像を模索しているように感じます。『からすのパンやさん』は、仕事と育児の両立に挑み、家族の力で事業を大成功させる、というまさしくイクメンの大先輩、私の憧れの師匠です。家庭を顧みない父親像が当たり前の時代に、こんな素敵な絵本を描かれたかこさとしさんに感服します。
ページいっぱいにひろがるなんとも美味しそうな変わり種のパンを、娘と一緒にずっと眺めていた幸せな時間は、人生の宝物です。
楽しくて、美味しそうで、温かい気持ちになって、大切なことが心に残るかこさんの絵本。その根底には、学ぶこと・考えることの大切さを伝えたい想いや、子ども達への深い愛情があると感じます。かこさとし作品で育った私たちが、子どもたちと一緒に新刊作品を楽しめるなんて、本当に素晴らしいことです。
子どもの頃大好きだった、自分の子どもと一緒に楽しんだ、そんな大勢の方々の想いと期待に堂々と応える、続きのおはなし。
本棚にまた、からすのパンやさんのお話しを並べることができることを心から嬉しく思います。