●牛の柄は、白黒のホルスタイン柄しかないと決めていました。
───おふたりのお仕事というと「ワニぼう」シリーズ(文溪堂)や「ふしぎの森のヤーヤー」シリーズ(金の星社)などがありますが、『うし』は今までの作品にないくらい、文章が短いですよね。高畠さんは、「うし」の詩を見たとき、どう思いましたか?
高畠:ぼくは今まで、自作絵本も絵のみを担当した絵本もいろいろ出していますが、『うし』は今までにないくらい、バカバカしくて変な作品だと思いました。詩を読んで、絵にするとき、これは構成が難しいぞ、と感じました。そうは思っても難しい構成を考える楽しさもあります。なんとかなるだろう、この世界をどうやって24ページの絵本にしていこうか、と。
高畠:そこで、まず最初に思いついたラフを描いてみました。牛をおしりから見て、牛がふりむいている絵です。ページをめくるとそこに次の牛が正面をむいている。この繰り返しのラフです。おもしろいとは思ったのですが、視点が前、後ろと変わるので、ちゃんと意図することを感じてくれるだろうかと、ちょっと不安もありました。だから、それとは違う、視点を一つにしたラフも描いてみました。どっちがいいか迷ったときは時間が決めてくれることもありますが、今回はまず、両方のラフ画を出すことにしたんです。
金柿:これがその2種類の『うし』のラフですね。まず、本の版型が正方形と縦長と違いますね。
高畠:依頼をいただいたとき、「本の形も自由でいいですよ」と言っていただいたんです。「牛の後ろに牛がいた」その様子を表す場合、普通なら視点を一つにして、牛の体を横にしてその後ろに牛を描いた方が、イメージがつかみやすいでしょう。だから、そのバージョンも描いてみたのです。でも、ページをめくったときに、わかりやすいけれど、さらりとしてこちらへの感動が今一つ足りない……。インパクトがあるのは、今の形だろうな……と思いながら、とにかく2つのラフを内田さん、編集の方に見ていただきました。
金柿:絵本になった形の方が、読者が牛と同じ目線に立って物語に参加している感じがするんですよね。「お前、何だよ?」っていう目で、牛に見られていう感じがして、目がそらせませんでした。
───内田さんは、2種類のラフを見て、どう思いましたか?
内田:私は、正方形の方のラフ画のような、右にいる牛が振り向いたら、ページの左側に牛がいるような構図をイメージしていたんですよ。だから、正方形のラフは私のイメージにピッタリと当てはまっていました。でも、この絵本になったときのインパクトを考えると、ちょっと弱いかなと。この絵だと、牛の後ろに牛がいるんじゃなくて、「横」に牛がいるように見えますよね。できれば、前の牛の真後ろに牛がいるようにしたかった。
───では、もうひとつのラフ画の方が、イメージにぴったりだったんですね。
金柿:詩には、「うし」としか書いていませんが、牛にも、いろいろな色や模様の牛がいますよね。この白黒のホルスタインにしたのは、高畠さんのアイディアなのですか?
高畠:はい。いわゆる松坂牛とか近江牛とかの、黒や茶色一色の牛では、並んだときに見分けが付かない。でも、白黒のホルスタインだったら見分けが付かないものの、それぞれの模様の面白さがあるし、白と黒の色が牧草のグリーンにとても映えて、きれいな絵本になるだろうと思ったんです。
あとは、ナンセンスなおはなしなので、絵で誠実さやまじめな様子を表現できたら、より可笑しさが増すと思ったんです。だから、牛はリアルに描こうと、いろいろ調べました。
すると、ホルスタインの体は、いろいろな白黒柄でも、顔の模様はほぼ左右対称のものが多いことが分かりました。それと、足。どんなに体に黒い模様が多いホルスタインでも、足は白いんだそうです。そのふたつの特徴は、この絵本の中で、守ろうと思い絵を描きました。
金柿:絵本に出てくる牛が、すごくまじめな顔で後ろに立っているんですよね。それが続くだけで、面白くて噴き出してしまいます。ほかに、絵本にするにあたって、変えたところはどんな所がありますか?
高畠:文字の配置も、絵本ならではの遊びをプラスしたところですね。絵本の中に「うしがいた」という言葉が4回出てくるんです。1回目は良いのですが、2回、3回と振り向く牛の数が増えてくると、どの牛がその言葉を言っているのかわかりにくくなると思ったので、文字を少しずつ下げているんです。
───視覚的に、どの牛のセリフか分かるようにしているんですね。
高畠:はい。あともうひとつ。牛たちがページいっぱいにひしめき合っている「うしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうし」の場面。よく見るとページの端で、文字が途中で切れているんです。
───え? 文字を切ってしまったんですか?
高畠:はい。「うし」を数えてみたら、13あったんです。内田さんは詩の人だから、この数にはきっと意味があるんだろうと思いました。でももし、ずーっと「うし」が続くイメージだとしたら、13できれいに並べてしまうよりも、途中で文字が切れている方が、永遠に続く意味になるんじゃないかと思って、提案しました。
───内田さんは、高畠さんからの提案を聞いて、どう思いましたか?
内田:ぼくは詩人で、詩人はたぶん言葉を大切にしている人だから、普通、そんな提案をされたら「やめてくれ!」って言うと思うんです。でも、絵本には絵本作家さん独特の文法というか、作法があるから、高畠さんの持っている絵本の作り方は、ぜひ発揮してほしいと思い、お願いしました。
何より、そうした方が、高畠さんがよりノッて描いてくれるんじゃないかと思ったんです。
高畠:たしかに、ノせられましたね(笑)。
内田:その前のページで、「どこまでもどこまでもうしがつづいていた」というのがあるでしょう。この絵なんて、緑の草原と、並んでいる牛の白黒のコントラスト、さらに、ちょっと見えている空の広さ。
これが何気なく描いているようで、計算しつくされている。牛と緑だけの世界に、この空の量で、高畠さんが大変演出してるんですよ。そうすると、嬉しくなって、私は「あ!高畠氏、憎いことやりやがったな」と思うわけよ(笑)。
───文章を書く方も、絵を見て、画家の方のことをいろいろ考えていらっしゃるんですね。
内田:絵本の言葉を書いている人間が一番気にするのは、絵を描く人が、ノリノリで描いてくれるかどうかだと思いますよ。高畠さんもそうですが、絵を描く方の中には、おはなしを作れる人もいらっしゃるわけだから、「この程度か……」って思って描かれるのが、一番イヤなんですね。だから、絵を描く人にも気持ちよく描いてもらえるように、ぼくは結構、提案を受け入れたり、アイディアを出していったりするほうですね。そうやって、画家の方がノッてくれた瞬間を感じると「ヤッタ!」って思います。
───ページいっぱいに牛がひしめき合っている場面など、ノッていないと描けないくらい大変ですよね。
高畠:そうですね。このページは、一頭として同じ柄の牛がいないように、描きました。でも、真面目な気持ちばかりでは疲れてしまうので、ちょっと遊び心も織り交ぜて……。牛の模様に「内田麟太郎」の「U」と「R」、あとぼくの「J」「U」「N」が隠れているんですよ(笑)。
───本当だ!
内田:これは気づきませんでした。