男と女。ある日、彼の上に不穏な黒雲が広がる。覚悟を決めた時、無性に会いたくなる人がいる。時同じくして彼女も彼を想い会いたいと願う…。鬼才・長谷川集平がホワイトボードに浮き上がった錆で描く世界。
長谷川集平さんは2011年3月11日の東日本大震災以降、いくつかの作品で震災や福島原発事故を暗示する作品を発表してきました。
この作品もそのひとつです。
長谷川さんはこの作品に関して、こんな言葉を残しています。
「1984年に描いたショートショート・コミック「再会」。1986年にチェルノブイリ原発事故。1988年に絵本化を思いついたものの出版のチャンスがありませんでした。3.11を経験して、この作品が語り出す時が来たと感じています。「再会」は「アイタイ」になりました。会いたいあの人に届きますように」
一人の少年が歩いている。これがこの絵本の最初のページ。
少年の頭上に不気味な大きな雲が覆ってきます。「ツイニ キタカ」、少年は空を見上げながら、そうつぶやきます。
黒い雲の下で少年は「アノヒトハ イマ ドコニ イルノカ」と思います。そして、「アイタイ」と。
場面は変わって、少女がひとり歩いています。
彼女は自分の影の中に、いつもいる「チイサナ ムシ」を見つけます。「マタ アッタネ キミ」。
影の中の小さな虫を見つめながら、少女は「アノヒトハ イマ ドコニ イルノカ」と思います。そして、「アイタイ」と。
小さな虫は少年だということも知らないでー。
長谷川さんはこのラブストーリーのような絵本にどんな思いを重ねているのでしょうか。
津波や原発事故で肉親を喪ったり、自分たちが生まれ育った故郷を追われて人たちがたくさんいます。理不尽な別離に「アイタイ」という思いはいつもありつづけます。
それをもっと大きな世界で見ればどうでしょうか。
私たちはこの絵本の世界のように、遠く離れさった人たちといつも一緒にいるのかもしれません。ただそのことに気がつかないだけで。
「アイタイ」人を想うというのは、会えることにつながっているのではないでしょうか。
ホワイトボードを引っ掻いてできた錆の線。それにパソコンで彩色したという長谷川さんの異色な絵本は、深い思索の時を読者にもたらしてくれます。
あなたには「アイタイ」人がいますか。 (夏の雨さん 60代・パパ )
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