ぼくの名前は「日色拓」。
名前は「ヒーロー」だけど、ぼくはぜったいにヒーローにはなれない。
ぼくは、ぼくより弱いやつにあったことがない。
いや、弱いっていうならまだマシだ。
それは戦いの舞台に立っているってことだから。
ぼくは、そこにすら立ってない。
友だちに怒って手をあげて、けっきょく自分がケガをして……
人のケンカを止めようとして、巻き添えくらってやっぱり流血……
挙げ句の果てには、ごっこ遊びで戦いの真似事をしていたって、ぼくが関わるとロクなことにならない!
ぼくは「争いごと」にむいていない。
だからトラブルは避けて、多少の理不尽だってがまんしながら、平和にやってきたんだ。
あの、とんでもない転校生が現れるまでは──
穏やかな日色の日常に、突如として現れた転校生、「真中凛」。
きれいな彼女に、クラスのみんなは大注目!
しかし、すぐに彼女はクラスで浮いた存在になってしまいます。
真中さんは、まちがっていることをまちがっていると指摘することに、なんの遠慮もないのです。
トラブル? ケンカ? おかまいなし!
クラスメイトが音楽室にあるバッハの肖像に言った悪口にすら、「謝りなさい!」とつっかかっていく始末。
そんな真中さんの目には、日色のことなかれ主義がとても臆病に映るようで──
「日色? ヒーローっていうより、チキンだね」
真中さんが日々巻き起こすトラブルに巻き込まれて、しなくてもいい損をする日色。
そんなある日、真中さんが「正直であるため」に払った「おおきな犠牲」について、日色は知ることになります。
「まちがったことなんてそこらじゅうに転がっていて、そういう中でぼくらはがまんしたり、見て見ぬふりをしたりして、毎日をクリアしている」
日色の語るそれは、大人も子どもも関係ない、だれしもが自然とおこなっている処世術です。
あちこちに転がっているまちがいを正そうとして、そのたびにいちいち声をあげていたらどうなるでしょう?
「うざい」
「空気が読めない」
真中さんがそう思われたのと同じように、おとなの世界でだってきっと、そうして白い目で見られてしまいます。
人に対して、そして自分に対しても、「正直であるということ」のほんとうの意味。
それが人を傷つけるものだとしても、正直さはぜったいに正義なのか?
そして、だれもがいつの間にか学び、和を守るため無意識に実践しているウソや無関心。
それは悪いこと? それとも良いこと?
本作は第63回青少年読書感想文全国コンクール、小学校高学年の部の課題図書として選出されています。
身近な舞台と親しみやすいキャラクターで、楽しく読みやすい物語として完成度が高いのはもちろん、おとなでもはっきりとした答えを出すのがむずかしい普遍的なテーマへ切り込んだ一冊。
人と真摯に向き合うということについて、多くのことを気づかせてくれる物語です。
(堀井拓馬 小説家)
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