およそ400年前、紀伊国(和歌山県)の太地のお話。
村一番のクジラとり、いえもんのうしろには、いつも、そうだゆうという若者がニコニコしながらついて歩いていた。
だが、そのそうだゆうは最近笑わなくなった。水の中でもクジラに負けないように、日ごろから力みかえっているせいだ。
ここ3、4年、冬になると沖のほうをクジラのむれが通る。
むれを率いているのはかしこい一頭の大クジラで、はまべに近寄ろうとしない。かしこい大クジラの背中には、一本のもりがたっていた。村人たちは「もりくい」と呼んでいた。
いえもんとそうだゆうは、「もりくい」をとろうとしていたのだ。
その年の冬も終わるころ、もりくいは大きなむれを連れてやってきた。岬の見張り所では、あいずののろしがもくもくとあがった。
ほらがいが鳴りわたり、のぼりがあがった。
雪が舞いちる中、男たちは何十という船の舳先を並べて海へでた――。
クジラの苦手な音を出し、むれを乱す。そして、クジラたちが海に浮かび上がってきた瞬間、小舟のへさきにはもりをもった男たちがすっくと立ちあがる……。
人間の恐ろしさを知っている「もりくい」との闘いは一筋縄ではいきません。かつて父親が狙った「もりくい」と、そうだゆうとの因縁の対決。その瞬間のそうだゆうの気持ちが、私たちの心を揺さぶります。
「そうだゆうは おもわず、からだじゅうが があっと あつくなった。
――もりくいよ。いよいよ おまえを つれに きたぞ。 さあ、むかってこい。ちからのかぎり むかってこい。 おらも、せいいっぱい いくぞ。」
海に浮かんだ小舟は波にもまれ、勇壮なクジラの巨体は思いもよらない動きをします。
「かぜが みみに シュウシュウと なった。
ゆきが ぴちぴちと からだに へばりついた。
こぶねは きしんで ひめいを あげている。」
臨場感に満ちた描写に、思わず手を握りしめます。
生きるために、罪のないクジラをとらなければならない苦しみを抱えながら、男たちは命に命で、体当たりでぶつかっていくのです。「クジラむかしむかし三部作」の2冊目である本書は、もちろんこの作品から読んでも大丈夫ですが、『あみかけクジラ』から読むと、村とクジラに流れた月日の重みと深みがより一層感じられます。
(絵本ナビ編集部)
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