有名な古典落語「千両みかん」の絵本です。
舞台は、江戸の町。
布団に横になっているのは、ある大きな商店の若旦那です。
若旦那は長患いのようですが、どうやら薬を飲んでよくなる病気ではなく、何か胸につかえているものがあるようです。
心配する番頭さんが、医者のアドバイスに従って聞き出そうとすると、若旦那が言うには……。
「つやつやとして……、
やわらかで……、
キメのこまかやかな……、
ふっくらとした……、
かおりのいい……、
水気のたっぷりとした……」
「みかん。みかんたべたいなあー!」
さあ、まさかみかんとは思わず、「お安い御用」と請け合った番頭さん。
ところが、今が真夏のいちばん暑い盛り、みかんなんて手に入らない季節であることを忘れていました。
旦那さまに、「息子をそれだけ喜ばせて、がっかりさせたら、ヘタすりゃぽっくりいってしまう。そうなったら主人殺しで磔(はりつけ)だ」と責め立てられ、矢も楯もたまらなくなった番頭さん。
広い江戸のどこかに、1つくらいみかんが見つかるのではないかと飛び出します……。
さて、ここから先は、更に落語らしいやりとりの連続!
鳥屋に「みかんを産む鳥はいないか」と聞いてみたり(!)、磔にされる場面を想像して腰をぬかしたり……。
いったいこの先どうなるのかと読者はドキドキしながら、おろおろする番頭さんと相手との会話劇に引き込まれます。
最後、ついに法外な値段がついた色つやのよいみかん1つを前に、番頭さんは何を思うのか……。
季節問わず果物が食べられる現代の子には、真夏のみかんへの渇望は、ピンと来ないところもあるかもしれません。
でも子ども心に、お金の重みや番頭さんの悲哀はわからないまでも、「わからなさ」の余韻が残るのではないでしょうか。
本書は人間国宝・柳家小三治の「千両みかん」が元になっているそう。
作者は『しにがみさん』『ねこのさら』などの落語絵本シリーズを版画で手がけている野村たかあきさん。
力強く彫られたみかんはもちろん、建築物や着物・身ぶりにも江戸の風情が生き生きと立ち上がる版画絵が素敵です。
それにしても、千両っていったいいくらだと思います?
ヒントは1両およそ10万円ですって。
スケールが大きすぎるような、どこか小さいような……実に落語らしい見事な味わいを、どうぞ絵本でお楽しみください!
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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